いるはずのないひと





最初は嘘だと思ったの。何度も自分の頬を抓った…でも、現実だと思い知らされた

貴方が…狒々様が死んでしまわれたなんて…今でも「夢なら覚めて」と思っているのですよ…?




「お袋」

「…猩影」

「親父の仇…若が取ってくれたんだ」

「そう…リクオ様が」



表では喜んだ。猩影は狒々様の仇を取ると一点張りだったから…息子が微笑むなら私も微笑む

でも…心のどこかでは喜んでいなかった。仇を取っても狒々様は戻ってこないのだから



「お袋…笑ってくれよ」

「っ」

「お袋が笑ってくれねぇと、親父…向こうでも安心出来ねぇと思うんだ」

「猩影…」

「親父も俺も…お袋の笑顔が好きなんだ。だから…俺と親父のために笑ってくれ」

「…ごめ、…猩影…ごめんね」

「ばっ!親父の墓の前で泣くなよ!」



私は母親だというのに情けなかった

私よりもうんと猩影の方が強かったんですね、狒々様…



「お袋はまだ親父を心配させる気かよ」

「そうよね…うん…私が強くならないと狒々様、心配するね」

「…お袋…」

「受け入れなくちゃ、駄目ね…もう狒々様は居ないのだから」

「…あぁ」



猩影は本当に優しい子に育ってくれた。静かに私の背中を摩るのが何よりの証拠ですね

それに…貴方に似て本当に大きくなって…私の身長なんてすぐに追い越しちゃって……いけない。約束したばかりなのにまた涙が出てくる…ズズッ



「…俺、先に戻ってる。お袋も親父と二人きりで話したい話とかあるだろうし」

「あら…本当に猩影は優しい子ね」

「ち、違ぇよ…!//」

「ふふっ…すぐに戻るから」



恥ずかしがっちゃって…そこは狒々様には似なかったのですね。狒々様は正直者でしたから

…神様、は本当に居るのでしょうか…もし、居るのでしたら願いたい



「もう一度、狒々様にお会いしてお話したい…」



ザアァアアッ

その時強い風が吹き一度立ったけどもう一度しゃがんでしまった

でも何故だろう…強い風でも、どこか優しく心地良い風



ザッザッザッ



「全く…時風は涙脆いなァ。これでは静かに休める暇もないもんだ」

「…えっ」



懐かしく愛おしい声がして振り返ると…一番会いたかった人が目の前に立っていた

…狒々、様…嘘……これは夢でしょうか?もし夢なら覚めないでほしい



「…狒々…様…?」

「ん?なんじゃ?」

「ど、して…」

「時風が心配で戻ってきた」

「…嘘…!」

「今目の前に居るワシが嘘だと思うか?ホレ」



狒々様は手を合わせてきた。嗚呼確かにこの温もりは狒々様そのもの

嘘ではない…夢でもない。これは紛れも無く現実



「狒々様…!っ、どんなに待っていたと…思っているのです、かッ」

「すまない時風。長らく待たせちまったな」

「うっ…狒々様ッお会いしたかった…!」

「ワシも会いたかったぞ。時風」



またこうして狒々様の温もりを感じる事が出来るなんて…

時風は…嬉しゅうございます…