いたわって!
「ボース」
「…なに、名前?」
とある日の昼下がり。
俺は終わらない書類の山に囲まれつつも、机の上で項垂れていた。
そんな俺に声をかけたのは、俺の秘書的存在の、名前。
秘書的存在っていうのは俺が勝手に押し付けただけで、実は元々は高校時代の同級生だったりするのだが。
「…どうしたの、名前?」
「あのね、今日何の日か、知ってる?」
名前の言葉に、ふとカレンダーを見る。
俺の誕生日は一昨日だし、今日は特に誰の誕生日というわけではなかった、はず。
俺の誕生日である10月14日にはでかでかと赤丸がつけてあった。
今日―――10月16日を見ても、カレンダーには何も書いていない。
「えっ、もしかして…名前が誕生日、とか?」
思い返すけど、たしかこの日ではなかった。
名前は名前で、そんな俺の言葉に首をふるりと横に振っている。
だとしたら、今日はいったいなんの日だっていうんだろう。
目の前の名前はニコニコと笑っていて、なんだか楽しそうに、嬉しそうにしている。
…と、そんなことを思っていれば、名前は唐突に俺へ紙袋を差し出してきた。
なんてことない、白い紙袋。
その中には、ぽつんと1枚だけ折りたたんだ紙が入っているだけで、あとはなにもなかった。
ますます意味がわからなくて、思わず首を傾げれば、名前は笑って「開けてください」と催促してきた。
何だろうと思いつつも、中に入っている紙をそっと開くと。
「…なにこれ、『ボス労り券』…?」
そう、そこに書かれていたのは、『ボス労り券』のたった五文字だけ。
いったいなんのことだと思って名前を見れば、名前らただただ笑っていた。
「どういうことなの、名前…労り券って…」
「あのね、今日は『ボスの日』なんだって」
「『ボスの日』…?」
聞いたことのないそれに、俺は首を傾げるしかない。
巷で言う『ポッキーの日』とか『いい夫婦の日』とか、そんな感じのものなんだろうか。
「この前、リボーンさんに聞いたの。10月16日はボスの日なんだって」
「えっ、リボーンに…?」
「ほら、誕生日はリボーンさんの誕生日会も兼ねてのパーティーだったから、ここのところしばらくお休みがなかったでしょ?」
名前の言葉に、つい数日前のパーティーを思い出した。
俺とリボーンの誕生日は一日違いだ。
だから、一緒にお祝いするなんてもうだいぶ前から当たり前になっていたし、俺も俺でそれを享受してる。
やっぱり、パーティーはそれなりに気を遣うし、年々参加人数も増えてる。
パーティーに疲労を感じないわけではないし、そうでなくてもここ最近はずっと働き詰めだったのはたしかで。
「それを聞いて、リボーンさんにお願いしたの。その日、ボスをお休みにできないか、って」
名前の言葉に、驚きで言葉が出なかった。
リボーンに俺の事で物申せるのはほんの一握りで、ましてや休み関係のことをどうにか出来る人なんてそうそういない。
「…でも、完全に1日お休みは無理だって言われちゃって。せめて半日だって、その紙をもらったの」
「…じゃあ、これって…」
もう一度、貰った紙を見る。
よく見れば、これリボーンの字じゃないか。
驚きと戸惑いでちゃんと見てなかったけど、もしかしてもしかしなくても、あいつが俺にちょっとした休みをくれたとでもいうのか。
…明日、槍が降ってきそうで怖い。
「それをどう使うのかは、ボス次第だって言ってた。『仕方ないから、誰か同伴で出掛けてもいい』っていうのも言ってたし」
名前のその言葉に、ハッと名前を見上げた。
同伴で出かけてもいい、ということは、俺のいいように解釈してしまっていいんだろうか。
リボーンのことだ、俺の考えなんてきっとわかってるに違いない。
なんとなく気づかれてるのはシャクだけど、こればっかりはあいつに感謝しないといけないかもしれない。
「じゃあ、さ。名前、俺と一緒に出掛けない?」
「…えっ、私が?」
「うん。むしろ、名前がいい」
きょとりとする名前の手をそっと握る。
まさか、名前は自分が指名されるなんて思ってもみなかったんだろう。
どのみち、近々名前と出掛けたいって思ってたんだ。
少し早くなったって思えばいい。
「…俺と、出掛けてくれる?」
「…うん、喜んで」
デート、なんてまだ言えないけど。
この愛しい彼女と、いつかほんとにそんな風に出かけられたらいいなぁ、なんて。
たまにはこういうのもいいななんて、心の中でこっそりリボーンに感謝したのだった。
いたわって!
(そんなこと、普段なら言えやしないけど)
(提案してくれた名前に感謝!)
(…一応、後日リボーンにもお礼は言った)
(ニヤニヤする顔をちょっと蹴飛ばしてやりたかった)
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10月16日がボスの日だとTwitterで知って、思わず書いてしまいました、ボスの日ネタ…!
たまにはこんな日があってもいいと思うのです、はい(笑)
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