俺だって、**くらいする
俺の恋人が、なんだか最近冷たい。
いや、冷たいっていうほど冷たいわけじゃないんだけど、なんとなく距離を感じるというか。
ボスと部下っていう壁はたしかにあるんだけど、そうじゃない。
そんな違和感を、ここ一週間くらい感じていた。
「…ボス、これよろしくお願いします」
「うん、ありがとう、名前さん」
違和感を感じ始めた、とある日の昼下がり。
俺は、執務室で書類仕事に追われていた。
そんな俺に数枚の資料を差し出してきたのは、俺の恋人でもある名前さん。
俺より一つ年上の、すごく頼りになる人。
個性豊かで常識人が少ないボンゴレの、数少ない常識人の一人だ。
「…そういえば、明日ヴァリアーのスクアーロさんがおみえになるみたいです」
「スクアーロが…? なんでまた…」
「武君が言ってました。どうも、案件についてボスに聞きたいことがあるとかで」
直接そんな連絡は聞いていないはず、そんなことを思いながらも俺は引き出しに入っている手帳を取り出した。
俺の汚い字でびっしり埋め尽くされているそれは、俺に自由な時間が少ないことを示している。
会合の合間が空いていそうだなーなんて思いながらも、俺は手帳にスクアーロのことを追記しておいた。
「では、これで失礼します」
「…えっ、も、もう行っちゃうんですか…」
ぺこりと俺に向かって頭を下げる名前さんに、思わず俺は声を上げてしまった。
そんな俺を見て、名前さんはきょとりと俺を見つめてくる。
…用事が済んだ名前さんを引き止める理由なんて、これっぽっちもない。
なぜ止められたのかわからないとでも言いたげな名前さんの目に、俺は少し悲しくなった。
一週間前までは、用事ついでに一緒にお茶タイムを楽しむ、なんてことはよくあったのに。
「すいません、これから隼人君と任務に出なければいけないので…」
「そ、そうですよね…すいません、引き止めちゃって」
出てきた名前に、俺の心がツキリと痛んだ。
武君に隼人君。
山本と隼人のことは名前で呼ぶのに、俺の事は絶対名前で呼んでくれない。
仕事中のけじめだからと名前さんはそう言っていたけど、俺としてはやっぱり恋人に名前で呼んでほしいわけで。
でも、名前さんにそんな我が儘を言えるわけもなかった。
「…いってらっしゃい、名前さん。怪我、しないでくださいね」
「はい。行ってきます、ボス」
今度こそ、名前さんは部屋から出ていった。
パタリと閉じる扉に、俺は間違いなく壁を感じていた。
その日の夜。
俺は隼人から任務が無事完了したとの報告を受け、報告書をもらった。
名前さんはどうやら任務から帰ってきたその足で雲雀さんのところへ向かったらしい。
隼人曰く、なにやら呼び出しを喰らった、とのことだった。
「…雲雀さん、名前さんのことお気に入りだもんなぁ…」
同い年だからか(俺そういえば雲雀さんの正確な年齢知らないや…)、二人はよく話をしているところを見かける。
風紀財団が遠いから、名前さんが今日みたいに呼び出されるのもしばしばあったりするわけで。
"好き"とかそういう感情があっての関係じゃないってわかってても、なんとなくイライラする俺がいた。
そんなもやもやを抱えながら迎えた翌日。
俺は会合を済ませ、それからスクアーロと案件についての話し合いをしていた。
大して深刻じゃないその案件に俺はホッとしつつも、ふと話し合いの最中に窓の外に視線を向ける。
ほんの気まぐれだったのに、俺の目はとある光景を捉えていた。
――名前さんと…リボーン?
中庭で楽しげに会話をする、名前さんとリボーンだった。
たしか今日はリボーンは仕事が休みだったはず。
珍しく楽しそうに笑うリボーンは、手に持っていた何かを名前さんへと渡した。
それを受け取った名前さんもまた、嬉しそうに微笑みを浮かべリボーンに何か言っている。
リボーンが人にプレゼントをするなんて珍しい。
というよりも、最近見れていない名前さんの笑顔を見ているリボーンがすごく羨ましくて、同時にすごくもやもやした。
また、あの時と同じだ。
そんなことを思いながら窓の外をボーっと見ていた俺に、唐突にペンが飛んでくる。
驚いてそちらに視線を向ければ、かなり機嫌が悪いであろうスクアーロが、青筋を立てながら俺の方を見ていた。
…やばい、名前さんのことで頭がいっぱいになってた。
「…うお"ぉおい、沢田、お前人の話聞く気あんのかぁ!?」
「えっ、あ、すいません…!」
「…チッ、もういい。とりあえずまた詳しいことは紙面で送るからなぁ」
「ハハハ…お願いします」
大方話が終わっていてから意識がそちらに向いていたらしい。
というか、これがザンザスとの会話の時じゃなくてホントによかったなんて思ってしまう俺は、やっぱりダメダメなのかもしれない。
窓の外を見れば、もう名前さんもリボーンもいなくなっていた。
玄関までスクアーロを送っていくと、ちょうど山本と一緒にいる名前さんを発見した。
いつもの調子でわしゃわしゃ名前さんの頭を撫でる山本に対し、名前さんは困ったような顔をしながらも、笑っている。
もやもやがまた一つ増えた。
「うお"ぉぉおい! 山本武、帰りついでだ、手合わせすんぞぉ!」
「おっ、スクアーロじゃねぇか! 話し合いはもう終わったのか?」
唐突に大声を出すスクアーロに、思わず耳を塞ぎたくなった。
まあ、塞ぎはしなかったんだけど。
あっけらかんと笑う山本に、スクアーロはそちらに気持ちが向いてしまったらしく俺なんて目もくれずに山本を追って修練場の方へと行ってしまった。
どこまでも自由な人達だ、ほんと。
残された俺は、名前さんの方に視線を向ける。
だけど、名前さんはすでに邸内に戻ろうと歩き始めていて、俺は思わず走り出していた。
「…っ、待ってください、名前さん…!」
「…ボス?」
振り向いた名前さんは、不思議そうな顔で俺の方に振り向いた。
さっき俺がスクアーロといたのを見ていなかったのか、少しだけ驚いている気がする。
「話し合いはもう済んだんですか?」
「えっと…うん、次の会合まではまだ時間あるし…」
「そうですか。お疲れ様です」
ほんの少し微笑む名前さんに、さっきまでのもやもやが少しだけ晴れた。
…なんか、現金な男だな、俺。
会話がなくなって、二人の間に沈黙が流れる。
なんとなく気まずくて、俺はついさっきのことを聞きたくなってしまい、口を開いていた。
「あ、あの、さっきリボーンのやつとなんか話してたみたいですけど…なに話してたんですか?」
「えっ、見てたんですか?」
「え、えっと…その、見てたっていうか、見えたっていうか…」
歯切れ悪く答える俺に、名前さんは何やら考え込むような仕草を見せた。
そんなに考えるような会話をしていたんだろうか。
あの楽しげな雰囲気は、そんな様子ではなかった気がするんだけど。
「…ボスは、何かそのとき見ましたか?」
「えっ…? えーっと…リボーンが名前さんに何か渡してるのなら…」
その時のことを思い出して、また少しもやもやし出した。
知らないうちに、眉間に皺が寄る。
そんな俺を見て、名前さんは苦笑を浮かべた。
「…見られてしまったんじゃ、仕方ないですね。…ボス、これを」
「…へっ?」
いきなり何かを差し出す名前さんに、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
慌てて受け取れば、それは小さな花束のようで。
ピンク、白、紫の小さな花がちらりと見えていた。
「…何の花か、ご存知ですか?」
「…俺、あんまり花は詳しくなくて…」
「スターチスっていうんです。花言葉は…――永遠に変わらない心」
真っ直ぐ俺を見つめてくる名前さんに、俺は言葉を失った。
今、彼女はなんて言ったんだ。
「…今日が一周年記念だって、すっかり忘れてたみたいですね…綱吉」
そう言って、くすりと笑う名前さん。
今日が一周年記念日だったっていうのも驚きだったけど、それよりも。
「…今、名前…」
「リボーンさんと、約束してたんです。一年経つまでは、ちゃんとけじめをつけてボスって呼ぶようにって」
「…ありがとう、名前さん…」
むしょうに嬉しくなって、笑みが零れる。
ここ数日間のもやもや――嫉妬は、いつの間にかどこかに消えてしまったらしい。
「…どうしたんです?」
「いや…嫉妬してた俺、馬鹿みたいだなぁ…なんて」
「えっ、綱吉も嫉妬するんですか?」
「失礼な…俺だって嫉妬くらいしますよ」
ほんわかしてるからなのだろうか、どうやら俺はそんなことをするなんて思われていなかったらしい。
まあ、あんまり怒ったりしないからなんだろうけど、それはそれでどうなんだろう。
なんて、ちょっと苦笑が漏れたのは仕方ない。
けど、それ以上に幸せだから、まあいっか…なんて思ってる自分もいる。
花束を片手に、目の前に立っていた名前さんをそっと抱き寄せた。
華奢な体はすごく細くて、片手で抱きしめられるくらい。
腕の中にいるこの存在がすごく嬉しくて、愛おしく思える。
「…ありがとう、名前さん…。俺も、これからも変わらない愛を、誓います…」
そっと、名前さんの唇に口づけを落とす。
幸せそうに笑う名前さんに、俺もまた笑みを零した。
俺だって、**くらいする
(この腕の中の大切な人に嫉妬させられるのは)
(俺が名前さんを好きだって証拠なんだ)
(そう思うと、なんだか愛おしくて仕方がなかった)
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cheikoさんへ、相互記念の作品でした!
嫉妬…というリクエストを頂いたのですが、果たしてご希望に沿えたものになったか激しく心配です…;
書いていてふと思ったのは、綱吉さんはものっそい嫉妬はしないんじゃないかなぁって…。
きっと信じてるんだと思います…なんて。
さて、最後になってしまいましたが…
cheiko様、この度は当サイトと相互して頂き、本当にありがとうございました!
お持ち帰りはcheiko様のみでお願いします。
真希
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