私の時間を、貴方に
ずらりと並ぶ本達を見上げ、ふむと考える。
タイトルを流すように見て、無意識にあげる彼の姿を脳裏に描いた。
彼はいつもどんな本を読んでいるのだろうか。
ちらりと本を見させてもらったこともあったけれど、いろいろと難しすぎてちんぷんかんぷんだった記憶がある。
こんなことならきちんと好きなものを聞いておけばよかったかなぁ、なんて思った。
「…でも、桃井さんに聞くのもなぁ…」
思い浮かぶのは、彼のことが大好きな桃色の女性。
同じく彼のことが好きな彼女に聞くのはなんだか気が引けるというか、いろいろ負けてる気しかしない。
だからそれは却下として、はたしてどうしたらいいんだろうか。
次に思い浮かんだのは赤い髪の彼だけど、彼はきっと好きな本なんて知らないと思う。
なにしろバスケ一筋で、よく補講ギリギリ組に入っているのを目にしている。
他のバスケ部メンバーも、きっとそこまで好きなものなんて知らないだろう。
そんなことを思いながらも、本屋で頭を抱えて悶々するのだった。
「…結局、買えなかった…」
本屋を出て、とぼとぼと帰路に着く。
なけなしのバイト代を、彼の誕生日プレゼントに回すつもりだったのに。
結局何も買えなくて、もう時間は19時半。
バスケ部の練習も終わっているだろうし、もう何も準備をする時間がない。
歩きながら盛大に溜め息を漏らせば、いきなり肩を叩かれた。
「え、わっ…!?」
「…すみません、電柱にぶつかりますよ」
立ち止まって振り向けば、脳裏に描いていた彼がいた。
影の薄さと時間的な暗さが相まって全然気配に気づかなかった。
というか、目の前が電柱とか…何してるんだろう、自分。
「あの、ありがと…」
「いえ。これからは気をつけてくださいね、名字さん」
にこりと微笑まれ、思わずきゅんとしてしまった。
…はっ、ダメだダメだ、彼の誕生日プレゼントを用意できていないのに浮かれられない。
「…あのさ、黒子君」
「はい、なんでしょう?」
「今日、お誕生日だったんだよね…おめでと」
ぽそりと、呟くように告げれば驚いたような顔をされてしまった。
そんな驚くような要素があったのかな…なんて思うんだけど、えっ、変なこと言ったかな?
「…まさか、誕生日を覚えてもらっているなんて思わなかったんです」
照れるような笑い方に、またきゅんとする。
あれ、そんなことで驚いてくれるのか。
だってほら、私の好きな人のことなんだもん、ちゃんと調べるに決まってる。
恥ずかしすぎて、本人になんて言えるわけもないんだけど。
「…ありがとうございます」
「いいんだよ! それに…プレゼント用意できなかったし」
「気にしないでください。…それなら名字さん、」
「はい?」
「今から貴女の時間を、しばらく僕にください」
びっくりしすぎて、いったい自分の顔がどうなってるのかわからない。
でも、たぶんぶっさいくになっていそうなことは想像できる。
それでも、私は無意識に頷いた。
「そんな顔も、素敵ですよ」
「…へっ?」
「さあ、行きましょう」
ゆっくりとした動きで、手を差し出される。
見上げる顔がとても優しくて、思わず頬が緩んだのでした。
私の時間を、貴方に
(手を握られ、優しく引かれていく)
(幸せな時間の始まりです)