嫌いです。
好き?嫌い?
私の答えはもちろん……―――
「ねぇねぇ、名前」
「なんですか、ボス?」
とある日の執務室。
男女二人の声が室内に響く。
机に向かって座っているのは、かのドン・ボンゴレ、ボンゴレ十代目であり私の上司(ボス)である沢田綱吉。
そして、その傍らで机に向かって座るボスを見ている(正しくは見張っている)のは、情報課兼綱吉の秘書を担当している私、名前だ。
私の素っ気ない返事を聞くと、ボスはグタッとイスの背もたれにもたれ掛かった。
「二人でどっかデートしようよ」
「何がデートですか。いつ誰が、貴方の恋人になったんですか?」
「えっ、いまさらじゃない?」
「言ってる意味がわかりません」
実は、ボスのこの発言は日常茶飯事になっていたりする。
私自身、別にボスと付き合っているわけではないのだが。
どういうわけか、こうして出掛ける(デートの)誘いをよくされている。
だけど、私の仕事はあくまでボスが執務をきちんとこなしているかを見る(くどいようだが見張っている)ことなわけで。
今だって、膨大な資料の山が机の上を陣取っているのが現状だ。
「……俺が、名前を好きだって言っても?」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか。寝言は寝てからお願いします」
もう執務に飽きたらしいボスは、完全に机に背を向けてしまった。
こうなると、1時間は机に向かわなくなってしまうことも、日常茶飯事になってしまっている。
完璧にやる気をなくしたボスに、私は深く溜め息をついた。
「溜め息ついたら幸せ逃げるよ」
「誰のせいですか、誰の」
「まあ間違いなく俺だよね」
そう言いながら悪びれた様子もなく笑うボスに、私は怒る気力さえなくなる。
リボーンさんには怒られてしまうかもしれないが、このまま執務を続けてもやり直しの資料が増えるのは間違いないだろう。
前に一度そういうことがあって、二人揃ってリボーンさんに怒られたのは記憶に新しい。
銃をぶっ放しながら追いかけてくるリボーンさんから、必死の思いで逃げるなんて、もう二度とごめんである。
仕方なく、コーヒーでも煎れてこようかと私がボスに背を向ければ、いきなり手首を掴まれた。
誰に、なんて、わかりきったことで。
「……なんですか、ボス?」
「ここにいてよ、名前」
「コーヒー煎れてくるだけですけど」
「いらない。名前がここにいてくれればいい」
切ないその声が、耳に直に響く。
実際、私はボスが嫌いなわけではない。
でも……―――
「本気で好きなんだよ、名前のこと」
「……っ、私は嫌いです」
応えていいはずがない。
その想いに応えられることは、きっとこの先来ることはないと思う。
ボスは、いつか素敵な女性と結婚して、今までのようにボンゴレを担っていく大切な存在で在り続けていくだろう。
それに対して、私はただの情報課の人間で、秘書をやっているだけの存在。
あまりにも、つり合わない。
気づいたら、私はボスに抱きしめられていた。
「……離してください」
「いやだ」
「リボーンさん呼びますよ」
「関係ない」
「ボス…―――」
「名前、」
.駄々をこねる子供のように、頭を横に振り続けるボス。
いい加減にしてほしいと思っていると、少し強めの口調で名前を呼ばれた。
いきなりのことに、私の肩がピクリと揺れる。
「……なんで、名前で呼んでくれないの?」
「なに、言ってるんですか……」
悲しげなその声音。
つい、応えたくなる。
でもダメなんだと、自分に言い聞かせた。
「ボスは、私の上司なんです。それ以上でも、それ以下でもないんですよ」
「それでも、俺は……っ」
ああ、どうしてこの人は。
私の心を捕らえて離さない。
ボスの心が、私への想いで叫びを上げている。
だけど私は……。
「好きだ、名前」
「嫌いです」
「好きだ」
「……っ、私は……っ」
本当は、私だって伝えたい。
どうしようもなく、私の心は貴方に惹かれているのだと。
でも、それを伝えてしまえば、もう元には戻れない。
傷つけたくない、でも、それではボスの……いや、ボンゴレの為にならない。
だから私は、私の心に蓋をするんだ。
「ボス……わかって、ください」
「……わかりたくない」
「貴方は、ボンゴレのボスなんです」
「自分の想いに嘘をつかなきゃいけないなら、こんな地位なんていらない……!」
ぎゅっと、抱きしめられる力が強くなる。
私は、ただただ、ボスのしたいがままに抱きしめられ続けているしかなかった。
自分の本心に、嘘をついて。
嫌いです。
(優しい貴方)
(伝えたい本心は)
(いつだって貴方への想い)
(嫌いだなんて)
(ホントは嘘なんだから)
(好きです、綱吉さん)
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昔別サイトで書いていた大人綱吉夢。
「嫌いです。」というお題のもと書いたもの。
よくシリアス気味な作品書いてたので実は書いててすごく楽しかったです(笑)