気づいてお願い気づかないで
あれからしばらく、私は沢田に通してもらった部屋で放心していた。
さすがにいきなりあんなことが起こったんだ、私の反応はおかしくないと思う。
あの後散々沢田にあーだこーだと心配したんだという言葉をかけられた。
獄寺に呼ばれたのはあの少年のせいだった、らしい。
子供だからと油断させて、沢田を狙うつもりだったようだ。
今は、ハルと笹川さんと離れて一人ソファーに腰掛けていた。
彼女達は笹川兄と共にいるらしく、酷く私の事を心配してくれていたという。
なんだか申し訳ないことをしてしまったなと、少し後悔した。
コンコンッ
「…名前、入ってもいいかな…?」
「…どうぞ」
控えめにノックされた先にいたのは、先程見たマントに身を包んだ沢田。
困ったように笑う彼は、少し躊躇いがちに扉を開けると部屋の中に入ってきた。
「…大丈夫?」
「うん…心配かけて、ごめん」
「いいんだ。元はと言えば、俺が悪いし」
私の向かいに置いてある椅子に座り、彼はそう言って頬を掻いた。
気まずそうなその顔は、後悔に包まれている。
そんな気がした。
「…沢田」
「…なに、名前…?」
「お前は…――」
いったい何をしているんだ、その言葉を最後まで私が紡ぐことはなかった。
今まで教えてもらわなかったんだ、聞いてもどうせ、教えてくれないだろう。
だけど、そんな私の心境に気付いたのだろう、彼は表情を無にすると静かに口を開いた。
「…俺は、イタリアマフィア、ボンゴレファミリーの十代目なんだ」
「…マ、フィア…」
まさか、教えてくれるとは思わなかった。
静かに話し出した彼は、今までのこと、マフィアのことを教えてくれた。
獄寺や山本はその仕事を手伝っている"守護者"で、他にも風紀委員長をしていた雲雀さんや笹川さんの兄までそれに関わっている。
さすがに、ハルや笹川さんまでそこに関わっているということには驚いたけど。
でも、あれだけみんな仲が良かったんだ、不思議じゃない。
全てを語ったんだろう、沢田は深く息をつくと、恐る恐る私を見遣った。
今の私は、いったいどんな顔をしているんだろう。
でも、これだけは言えた。
「…教えてくれて、ありがとう」
「…えっ?」
今までずっと、仲間外れだと思ってた。
自分には絶対に、教えてくれないとも思ってた。
だけど、沢田は教えてくれた。
「…怖いと、思わないの…?」
「なんで?」
「俺、マフィアなんだよ?」
「…驚きはした。でも…沢田は、沢田だろう」
彼の目が、大きく見開かれた。
私の言いたいことは、果たして彼に伝わっただろうか。
「私は沢田の幼馴染だし、私はいつまでも変わらないと思ってる。――沢田は、違う?」
「…っ、ううん、違わない…」
久しぶりに見た、彼の泣きそうな顔。
嬉しさなのか、はたまた違う感情なのか。
昔の彼とは違う、でも、沢田は沢田なんだ。
ほんとは、言いたいことなんてたくさんあった。
なんで私にだけ隠してたのか、どうして言ってくれなかったのか。
幼馴染だと思ってたのは、私だけだったんだろうか、と。
でも、この顔を見たら、そんなことなんてどうでもよくなった。
やっぱり沢田は変わってない。
ただきっと、私を巻き込むことに酷く躊躇したんだって。
それが、ようやくわかったんだ。
彼を怒ることなんて、できない。
「…名前、ありがとう」
「お礼を言われることなんて、何もしてないけど…」
「いいんだ。俺が言いたかっただけだし」
そう言って、彼ははみかむように笑った。
本当に久しぶりに見た、彼のほんとの笑顔だった。
彼の笑顔は、やはり暖かかった。
まるで、全てを包み込む大空のような――。
「…名前が無事で、よかった」
「私はそう簡単に死んだりしないよ」
「なに言ってんの、さっきだって危なかったんじゃないか」
「さっきはさっき。それに…沢田が守ってくれるんでしょう?」
「…!」
沢田が息を呑んだ。
私はたしかに、ただの一市民だ。
彼のような、力なんて微塵もない。
「信じてるから、沢田のこと」
「…ほんと、名前って…」
そう言って笑ってやれば、彼もまた笑った。
そう、私達の関係は、距離感は――これでいい。
きっと彼は、昔私に告げたことなんて、覚えていないだろうから。
これで、いいんだ。
「沢田…これからも、よろしく。――幼馴染として」
「…う、ん。よろしく、名前…」
一瞬、沢田の笑みが崩れた気がした。
でもそれは、きっと私の気のせい。
そう、悲しげに揺れたことなんて、きっと私の気のせいなんだろう。
彼は、巨大マフィアのボス。
その座に座る彼には、私の気持ちはきっとお荷物だから。
気づいてお願い気づかないで
(私と貴方は幼馴染)
(いつまでもずっと、この距離感であればいい)
(私の好きな、貴方のままでいてほしいから)
END.