その視線すらも




ティキに促されて階段上へと上がった紗雫は、真っ先にロードに飛びつかれた。
華やかなドレスに身を包む彼女は、嬉しそうにニコニコしている。

「紗雫、緊張したぁ?」
「…まぁ、それなりには」
「…おや、ロード、そちらの女性は?」

ぎゅむぎゅむと抱きしめてくるロードに苦笑を浮かべつつも、紗雫はゆっくりとロードを床へと下ろす。
下ろされたことが不服だったのか頬を膨らませるロード。
そんな中、ふとかけられた声に、紗雫はそちらに視線を向けた。
片眼鏡に長髪の男性と目が合い、紗雫はぎこちなく微笑んでみせた。

「…はじめまして、先日千年公に連れてこられました、紗雫です」
「…ああ! ロードの言ってたティッキーのお気に入りさんか」
「ねー、美人さんでしょぉ?」

仲良く話す二人に、紗雫は僅かに首を傾げる。
しかし、その男性が前にロードの言っていた義父なのだろうと悟り、軽く頭を下げた。

「ロードにはいつもお世話になっています」
「いやいや、こちらこそ。いつも宿題の手伝いをしてもらってると千年公から伺ってるよ。いろいろとありがとう。僕はシェリル、よろしく」

まさかお礼を言われるとは思ってもみなかった紗雫は、呆気に取られる。
そんな紗雫をロードは楽しそうに見て、それから手摺へと腰掛けた。
ロードの視線がホールへと向き、自然と紗雫もつられてホールを見下ろす。
そこには、金髪の若い女性とダンスを踊るティキの姿があった。
慣れた様子で踊る彼は、とても華やかに映る。

「…僕らのティッキーは花形だね。マダム連中がソワソワしてるよ」
「ティッキーの顔ってこういう場だと威力あるよねぇ」
「…ロード、ティキはいつもあんな感じなのか?」
「うん、マダム達に大人気なんだぁ」

悪戯に笑うロードに、僅かに紗雫が眉を寄せる。
しかし、当の本人はそのことに気づいておらず、ただティキを見下ろしていた。
そんな紗雫の様子に、ロードとシェリルは2人で顔を見合わせ、そして。

「…ねぇねぇ、紗雫も踊ってきなよぉ。あそこのテーブルにいる人なんてどう?」
「…あぁ、あの男性はグーテンバルド家のご子息だね。紗雫と歳も近いはずだし」
「えっ、でも…」
「ほらほらぁ、行ってきなって」

紗雫の見えないところでにやりと笑うロード。
示し合わすかのように、シェリルもまた笑う。
勧められた紗雫は困惑して言葉を濁すが、ロードが紗雫の手を引っ掴むと、そのまま階段を降りていった。
なされるがままに紗雫は階段を降り、気づいたらさっき会話に出ていた男性の前へとたどり着いてしまっていた。

「…おや、貴女は…?」
「…あ、えっと…。…キャメロット家でお世話になっています、紗雫です」

ぎくしゃくしながらも、紗雫は青年に対して軽く頭を下げる。
気まずさを感じそのまま視線を下げていれば、ふいに頭上から笑う声が聞こえてきた。
不思議に思って紗雫が顔を上げれば、青年は優しく微笑んでいた。

「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。僕はアリスト・グーテンバルド。よろしく」

微笑みながらも、そっと手を差し伸べられる。
曖昧に笑いながらも紗雫は手を伸ばし、ぎこちない動きで手を取った。
しかし、握手した手を紗雫はほんの数秒足らずで離す。
群がっている女性に囲まれているティキは、どうやら紗雫の方には気づいていないらしい。
紗雫が視線をロードへ向ければ、困惑している紗雫を見てただただ笑っているだけ。
そんな紗雫の様子を見て、アリストはにこやかに笑っていた。

「どうしたんです?」
「…いえ、なんでもないんです」
「…あぁ、ミック侯を見られていたんですか? 彼、いつもこういった場だとマダムに囲まれていますからね」

どうやら、紗雫の視線がどこに向いていたのかに気づいていたらしい。
アリストはそう言うと、さらりと紗雫の手を取った。

「私達も踊りましょう。何もしないのも勿体無いですし」
「でも…私、ダンスはあまり…」
「大丈夫ですよ、リードしますから」

微笑むアリストに、為すすべもなくホールの真ん中へと連れられる紗雫。
目立つつもりなど全くなかったのに、これではかえって目立ってしまう。
そんな紗雫の心配通りといったところか、そこでようやくティキの視線が紗雫とアリストへと向いた。
紗雫は紗雫でその場をどうしようかという思考で精一杯で、ティキに気づいていない。
二人を見るティキの目が、スッと細められた。

「…あら、ミック侯?」
「失礼、お嬢さん」

先程まで踊っていた相手の手をさらりと離すティキ。
踊っていた相手は慌てて声をかけるも、すでにティキは真っ直ぐ紗雫達の元へと歩いていた。


「…っ、すいません、私目立つようなことをするのは…」
「そんなに目立ってはいないですよ。それに…―――」
「すいません。その方の手を離していただけますかね」

困惑の表情でアリストと話す紗雫の元へ、ティキが現れた。
顔は笑っているものの、その口元は全くと言っていいほどに笑っていない。
紗雫の背筋に、言いようのない悪寒が走った。

「ティ、ティキ…」
「ほら紗雫、行くぞ」

恐る恐る名前を呼ぶ紗雫に、ティキは貼り付けた笑みを無にして手を差し伸べてくる。
今まで見たことのないそれに、紗雫の手が、足が、完全に固まってしまった。
あまりにも動かない紗雫を見兼ねてか、ティキは半ば無理やりに紗雫の手を掴む。
何かを喋っているアリストには見向きもせずに、紗雫を連れてそのまま会場を出ていったのであった。





その手を掴むのは、
(視線すらも独占したいなんて)
(とんだ我侭だとは思わないか)



prev|next

[TOP]

「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -