見えない虚像、見える現実




歩き出した紗雫は、汽車内を見回った。
静かに進む汽車は、とりあえずAKUMA襲撃の心配はなさそうだ。
人知れずホッと息をつくと、紗雫は踵を返しミランダの元に戻ろうと歩き始めた。

「…ミランダ、心配してるかもしれないな」

扉を出る前、彼女が返事をする前に部屋を出てきてしまった。
心配症の彼女のことだ、あまり長いこと帰らないと心配して探しに来てしまうかもしれない。
コムイ曰く、彼女は道に迷いやすいらしく、もし探しにこられでもしたらいくら汽車内でも迷子になってしまうかもしれない。
紗雫はそんなことを想像しながら、早足で元いた部屋へと向かった。




数分後、紗雫は部屋の扉の前へと戻っていた。
扉を開ければ、まだ少し顔の赤いミランダが紗雫の方を見て驚いている。
せめてノックをするべきだっただろうかと、紗雫は苦笑しつつも席へと座った。

「…すまない」
「そ、そんな! 気にしないで紗雫ちゃん!」

慌てて首を振るミランダ。
そんなミランダに、本当に忙しない人だなと紗雫はまた笑った。
忙しないが、根は良い人なんだろう。
ただちょっと空回りするのとネガティブなところが痛手なだけで、それ以外は至って普通の女性なのだから。

「…乗り換えまではまだあるし、しばらく休んでても構わないから」
「わ、私だけ休むなんてできないわ! それに、AKUMAが来たら私は戦えないんだもの。紗雫ちゃんこそ、ちゃんと休まないと」
「いや、でも…―――」
「きゃああああああああっ!」

ミランダの言葉に渋る紗雫。
だが、それは突如として聞こえてきた叫び声によって途切れた。

「今の声は…っ」
「行こう、ロットーさん!」

聞こえてきたのはたしかに女性の叫び声だった。
もしかしたら、AKUMAが出たのかもしれない。
そう考え、紗雫はイノセンスを発動させると急いで声が聞こえてきた方へと走っていった。





最後尾の車両に着くと、そこは血の海だった。
だが、肝心のAKUMAはいない。
人があちこちに倒れており、血の海の中心には自分とそう年齢の変わらないであろう女性が立っていた。

「これはいったい…」
「なに、あんた?」

茶色の短髪に赤の瞳、褐色の肌。
明らかに機嫌の悪そうな女性が、紗雫の方に視線を向けた。
そんな女性を、紗雫もまた睨みつける。

「お前、何者だ?」
「…黒い服、ローズクロス…あんた、エクソシストか」
「…ああ。そういうお前は、ノアの一族だな」

指摘されても、紗雫はさして驚きはしなかった。
それに対し、女性は紗雫の言葉に目を丸くさせる。
すると、バタバタと走る音が聞こえ遅れてミランダが車両へと入ってきた。

「紗雫ちゃん、どうしたの、そんなところで…?」
「何って…この血の海が見えないのか?」
「えっ、紗雫ちゃんこそ…お客さんが座ってるだけよ?」
「はっ…?」

ミランダの言葉に、紗雫は再び車両内を見渡した。
だが、見渡しても見えるのは血の海と大量の死体。
そして、血の海の中心に立つ女性だけ。
驚愕に目を見開いていると、女性が怪訝そうな表情で紗雫を見てきた。

「…お前、もしかして…」
「ロットーさん、私の見間違いだったみたいだ。部屋に戻っていてくれるか? 私も、少ししたら戻るから」
「…? え、えぇ」

無表情に告げる紗雫に、ミランダは不思議に思いながらも車両を出ていく。
それを見送り、紗雫は女性へと視線を戻した。

「…あんた、さっきから不思議に思ってたけど…幻覚が見えてないわけ?」
「ロットーさんには、この車両はごくごく平凡な車両の風景しか見えてなかったみたいだな。だが…私にはたくさんの死体と血の海しか見えない」
「…へぇ。アタシの能力が効かないやつがいるなんてね」
「ここの乗客たちを殺したのは、お前だな?」
「移動中あんまりにも暇でさ、単なる暇つぶし」

そう言って笑う女性に、紗雫は眉間に皺を寄せた。
この女性は、暇だからといって無関係の人間を殺したというのだろうか。
あまりにも普通の人とはかけ離れている感覚に、紗雫は女性を睨みつけた。

「あーあ、そんな怖い顔しないでくれる? だから人間って嫌いなんだよね」
「…お前は…」
「一応、名前だけ教えてあげる。アタシはフェリア、フェリア・ブラッド」

くるくると髪を弄りながら、そう笑った女性――フェリア。
フェリアはそう告げると、真っ直ぐ車両の後方部に向かい、扉を開けた。

「…じゃあね、エクソシスト。また会えたら、その時は…」
「…! 待て…っ!」

汽車の一番後ろ、外へ出ることが出来る場所から、フェリアは今も走り続ける汽車から飛び降りた。
紗雫が慌てて後方部へ行けば、フェリアはいつの間にいたのか、Level.2であろうAKUMAに抱えられ宙へ浮いていた。

「さて、行こうか、AKUMA」

そう言って、フェリアとAKUMAは消えていった。
紗雫は、ただそれを見送るしかなかったのだった。





幻術使いのノア
(なぜ彼女の能力が効かなかったのか)
(紗雫にわかるはずもなかった)



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