求められた力
AKUMAを携え、汽車を降りたフェリアはとある場所へと向かっていた。
その途中、目の前にファンシーな扉が現れ足を止める。
「…なに、ロード自らお出迎え?」
「えぇー、ボクがきちゃだめなわけぇ?」
その扉から出てきたのは質素なワンピースに身を包んだ少女――ロードだった。
ニコニコと笑うロードに、フェリアは盛大に溜め息をつく。
どうにも、彼女はこのロードという人間が苦手だった。
「そろそろ方舟の移転[ダウンロード]を始めなきゃいけないからさぁ、千年公に迎えに行ってほしいって頼まれちゃったんだぁ」
「…もうなんだ?」
ロードのその言葉に、フェリアはほんの少し目を見開く。
もうそんなに時間が迫っているのか。
冷静にそんなことを考えていると、ロードがフェリアの手を掴んだ。
どうやら、あまり雑談をしている時間はないらしい。
そう感じ取ったフェリアは、再び溜め息をつくとロードの後に続いて扉へと姿を消したのだった。
そうして二人が現れたのは、薄暗い所だった。
瞬時にフェリアは、ここが方舟の中だということに気づく。
それと共に、見覚えのある後ろ姿を見つけ視線をそちらに向けた。
「お帰りなさイ、ロード、フェリア」
「…ただいま、千年公」
「ちゃんと連れて来たよぉ」
ピョーンという音が付きそうな勢いでロードが千年公――もとい千年伯爵に飛びついた。
彼はそれを難なく受け止めると、フェリアの方に視線を戻す。
「お仕事お疲れ様でしタ。どうでしたカ?」
「…ちゃんとこなしてきた。けど、女の元帥はもう黒いとこに行っちゃったから手出しできなくて。…帰りの汽車でそこらへんの奴殺してきちゃった」
フェリアの仕事は、各地に点在する探索部隊の殲滅と、女の元帥――クラウド・ナインのイノセンスの破壊。
探索部隊は皆殺すことができたが、後回しにしていたクラウドはすでに黒の教団に戻っており、下手に手出しができなくなってしまったのだ。
そう告げると共に、フェリアの脳裏にそのとき出会ったエクソシストのことが過った。
なぜ、彼女に自分の能力が通じなかったのか。
もしかしたら、千年公が何か知っているかと思い、フェリアは再び口を開いた。
「…千年公、エクソシストにアタシの能力が通用しなかった奴がいた。それって有り得ること?」
フェリアの発した言葉に驚いたのは、千年公ではなくロード。
目を丸くさせて、くっついていた千年公から離れた。
「フェリアの幻術が効かなかったってことぉ?」
そう問いかけてくるロードに、フェリアは静かに頷く。
何か答えがわかるかと問いかけたはずの千年公は、何やら考え込んでいるようだった。
うんうんと唸る様子を見る限りでは、どうやら千年公もはっきりとしたことがわかるわけではないらしい。
仕方ないかと、フェリアが諦めようとしたとき、千年公がぽつりと話し出した。
「…あのとき見た彼女ハ、こっちに来ているんですかネ」
「「…?」」
嬉しそう、そんな言葉が似合うくらい千年公は静かに笑っていた。
でも、今の会話の流れからしたら喜ぶところはどこにもないのだ。
少なくとも、ノアの能力が効かない人間がいることに脅威を感じてもいいはずだというのに。
怪訝な表情でフェリアが千年公を見ていれば、彼は笑ったままコツコツと靴の音を響かせながら歩き出した。
「我輩ハ、半年くらい前にちょっと別の世界へと飛んでいましタ。我々と共ニ、この世界に終焉を与えるための力を集めるためニ」
「別の、世界…?」
「えぇ、そして我輩は一人の女性を見つけましタ。もっとも、彼女は我輩が声をかけるまえに死を迎えてしまいましたガ」
千年公が語るには、こういうことだった。
半年前のある日、千年公は少しの時空の歪を利用して別世界に飛んだ。
自分達と同等の力を持つ人間を探している時、その女性を見つけた。
それもつかの間、彼女はとてつもなく大きな塊に正面から衝突されて命を落としてしまった。
だが、せっかく見つけた力の器なのだと思い、千年公が彼女とその魂ごとこちらの世界に連れてきた。
しかし、時空を再び越えている間に何かの力に弾かれてはぐれてしまう。
その力は、たしかにイノセンスの力だったらしい。
「事情はわかりませんガ、どうやらイノセンスが彼女の命を繋いだみたいですネ」
「へぇ、そんなことってありえるんだねぇ」
淡々と語る千年公に、フェリアは人知れず眉を寄せた。
力を欲していた千年公が見つけた女性。
それがもし、自分の対峙した彼女だったのならば。
彼女は、イノセンスに愛された存在なのかもしれない。
「…さて、じゃあ転送は頼みましたヨ、ロード」
「わかったぁ」
「フェリアは…そうですネ、我輩のお手伝いでもお願いしまス」
「…了解」
千年公にそう告げられると、ロードは扉を出現させるとその扉に入っていく。
それが消えるのを確認すると、フェリアと千年公は方舟の奥へと姿を消したのだった。
神に魅入られた人間
(イノセンスの力に生かされた女)
(千年伯爵はその事実に不敵に笑った)
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