再出発




そして、出発の日。
紗雫は、ミランダと共に室長室を訪れていた。

「…では、行ってくる」
「い、行ってきます…!」
「うん。よろしく頼んだよ、紗雫ちゃん、ミランダ」

新しいコートを身に纏い、トランクを二つ持って紗雫はコムイの前に立っていた。
どうやらコートは新作のものらしく、前のものより丈夫さも軽さも段違いだそうだ。
また、合流先のメンバーにも届けられるようにと、リナリー・リー、アレイスター・クロウリー、ブックマン、ラビ、アレン・ウォーカー、計五人の分のコートもトランクの中に入っている。
今回が初任務なのか、顔が引きつって今にも倒れそうなミランダを連れ、紗雫は室長室を出ていった。





水路から船で外に出て、紗雫とミランダは一先ず汽車に乗り込んだ。
現在クロス部隊はアジアに向けて動いているらしく、なるべく早く合流できるようにということで今回は汽車での移動が多くなる。
もちろん、初任務になるミランダを気遣ってのことでもあった。

「…あ、あの…」
「…なんだ?」
「い、いえ! なんでもないの!!」

汽車に乗ってから、何度かこんなやり取りを繰り返していた。
年上のはずのミランダは紗雫が怖いのか、はたまた別の理由があってなのか、なかなか話を切り出してこない。
だが、なにを話したいのか紗雫はわからないため、毎度苦笑を漏らすしかなかった。
そんな中で、紗雫は昨日のことを思い出していた。





















昨日――教団へ一時帰還した翌日。
紗雫はコムイと共に、ヘブラスカの元に向かった。
イノセンスのシンクロ率を再確認するということで、紗雫はシンクロ率はそんなにころころ変わるものなのだろうかという疑問を抱きながらも、黙ってコムイについていった。

「…久しぶり…だな…紗雫…」
「久しぶり、ヘブラスカ」

無表情に、ヘブラスカを見上げる。
いつもと変わりなさそうなヘブラスカに、紗雫は僅かに笑みを漏らした。
そして、ゆっくりとヘブラスカに持ち上げられた。
そして、触れ合う額。

「…どうだい、ヘブラスカ。紗雫ちゃんとイノセンスのシンクロ率は?」
「…前は…87%だった…が……今は…95%…」
「95%…!?」

ヘブラスカのその答えに、驚いたのは紗雫ではなくコムイの方だった。

「臨界点を…突破するのも…時間の問題…かもしれない…」
「臨界点…?」

今度は、紗雫が疑問を口にした。
首を傾げる紗雫に、コムイが静かに口を開いた。

「臨界点を突破する、すなわちそれは、臨界者――元帥の誕生を意味するんだ。シンクロ率が100%を超えた場合のことを言うんだけどね」



















そのまま、紗雫は無言でコムイと共に室長室へと戻ったのだった。
コムイの焦るようなあの顔は、当分忘れられないだろう。
そして、そのあと告げられたもう一つの驚愕の事実は。

「…百四十八名の死者…か」

エクソシスト、探索部隊が総勢百四十八名死亡。
それは、たった数日の間に起こったことだったという。
そのうち三名は、紗雫と共にいたスパーク達だ。
教団は、その数日で六名のエクソシストを失うという多大な痛手を負っていた。

紗雫と共に帰ったクラウドは、一先ず無事が保障された。
一人で出ているソカロも、もうすぐ教団に戻るらしい。
残るは、クロス部隊とティエドール部隊だけ。
現在教団に所属するエクソシストは、僅か十三名のみ。
その十三名のうちクロス部隊に約半数近いエクソシストが集まることがいったい何を意味しているのか、紗雫はここ数日でずっと思案していた。

「アジアの方に、特別な何かがあるっていうのか…それとも…」
「…あの、紗雫ちゃん…」
「…どうした?」

考えに耽っていると、唐突にミランダに話しかけられ紗雫は一旦思案するのをやめた。
また先程の繰り返しになるのだろうかと、とりあえず言葉を待つ。
すると、俯きがちにミランダが口を開いた。

「その…私、戦う力がないから…紗雫ちゃんの、お荷物にならないかしらって…」
「……」
「ご、ごめんなさい! やっぱり邪魔よね、私!」

意外なその問いかけに思わず紗雫が黙ると、その沈黙を肯定を取ったのかミランダがそう言ってあたふたし出した。
今にも泣きそうな勢いのミランダに、紗雫はほんの少し微笑んだ。

「…いや、邪魔とかお荷物とか、そういうのは思ってない。ただ…」
「…?」
「ただ、そうやって悲観するのはやめないか? 貴女は貴女なりにやれることがあるんだ。私は、そう思う」

静かにそう語る紗雫に、ミランダは唖然としたように口をぽかんと開けた。
そんなミランダがおかしかったのか、紗雫はフッと噴き出す。
笑う紗雫を見て、ミランダもまた笑みを零した。

「…女性は、笑っている方が素敵だ。できるなら、貴女がこの聖戦で傷つかないことを祈ってる」

優しく微笑む紗雫に、ミランダが思わず顔を真っ赤に染める。
そんなミランダに苦笑し、紗雫は席を立った。
立ち上がる紗雫に驚き、ミランダが目を瞬かせた。

「…少し、出てくる。しばらくしたら戻るから」

ミランダが返事をする前に、紗雫は個室の扉を開けると通路に出た。





通路に出た紗雫は、扉にゆっくり背中をつける。
ズルズルと座り込むと、手の甲を額につけて深く溜め息をついた。

「…いろいろありすぎたな」

イノセンスのシンクロ率。
コムイの反応と臨界点について。
数多く出た教団側の死者。
そして、これから就く新たな任務。

あまりにも、考えることが多過ぎた。
今、ミランダと真っ直ぐ向き合えばいらぬことを言ってしまうかもしれないと、そういう思いで部屋を出てきたのだ。
しばらくしたら落ち着くだろうと、紗雫は立ち上がると通路を歩き始めた。





抱える思い
(様々な思いの中で思い浮かんだのは)
(なぜかティキ・ミックの姿だった)



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