真実を受け止めて




紗雫やロード達がノアの家へと帰った数日後。
ロードはティキの部屋を訪問していた。
つい数分前、彼が目覚めたからである。

「よぉ、ティッキー。Hola」
「…よ、ロード」

起きてすぐらしいティキは、少し寝ぼけている様子でベッドから体を起こした。
ぽりぽりと頭を掻くティキに、ロードはそう言うとベッドの縁に腰掛ける。
ニコニコと笑うロードを見て、ティキは少し顔を顰めた。

「…んでそんなに笑ってんだよ」
「えぇー。ご機嫌斜めなティッキーには教えてあーげないっ」

キャハハ、と可愛らしく笑うロード。
明らかにからかっている、そんなことを感じ取ったティキは深く溜め息をついた。



ティキが覚えていたのは、アレンの退魔ノ剣に斬られたところまでだった。
ノアに呑まれたときの記憶は一切なく、それでも、なにか違和感のようなものを感じていた。
眠っている間、何度も何度も紗雫を自分が殺しそうになる夢をみてきたのだ。
自分の右腕が、無防備な紗雫の腹部を貫く、そんな夢。
寝起きが悪いのも、そのせいだった。

「…なぁ、ロード」
「なぁに、ティッキー?」
「俺、どんくらい寝てた?」
「んー、四日ぐらいかなぁ…」

ロードの言葉に、ティキは目を丸くさせた。
まさか四日も寝ていたとは思わなかったのだ。

「…四日も、ねぇ…」

呟くティキを、ロードはただ見つめていた。
やがて、ベッドから立ち上がったロードは扉の方へと歩いていく。
扉の前に立ったところで、ロードはティキの方に振り返った。

「…紗雫、いるんだけどさぁ。ティッキーも来る?」
「…紗雫が…? なんで俺らん家に…」

ガタリとベッドから下りるティキ。
驚きと困惑の混ざったその表情を見て、ロードは扉に手をかけた。
ティキはいきなり動いたことで少し痛んだ傷跡を押さえるが、それよりも紗雫の方が大事だったのか立ち上がるとロードの横に並んだ。

「…何見ても、驚かないでねぇ」
「はぁ? …わけわかんねぇんだけど…。とりあえず行く」
「わかったよぉ」

ティキのその言葉に、ロードは笑う。
そして、二人はティキの部屋から出ていった。



















そうして、二人は紗雫が眠っている部屋の前へとやってきた。
中は静かで、人がいる気配すらしない。
ティキは、ゆっくり扉を開けた。



と、そこにいたのは。



「…なんでいるんすか、千年公…」
「おやティキぽん」

なんと、そこにいたのは果物ナイフでものすごく静かにリンゴを剥く千年伯爵だった。
よく見れば、紗雫はベッドで眠っている。
まさか千年伯爵がいると思わなかったティキは、拍子抜けしたのか苦笑を漏らした。

「…んで、なんで紗雫がいるんすか? 俺はなんも…」
「おや、ロードに聞かなかったんですカ?」
「教えてもらってないっすよ」

ティキはそう言いつつロードを見るが、ロードはニコニコと笑うだけで何も言わない。
そして、ロードは紗雫の眠るベッドに近づいていった。

「…紗雫はさぁ、千年公が連れてきたんだよぉ」

ティッキーのお迎えついでにねぇと、そう言ってロードは眠る紗雫の髪を弄り出した。
眠る人間に何をしてんだとティキは思わず突っ込みそうになるが、それよりも気になる言葉があってその突っ込みの言葉は喉の奥へと引っ込んだ。

「…お迎えって、なんすか」
「古い方舟でティキぽんが暴れていたのを、我輩が迎えにいったのでス」

暴れていた記憶なんて一切ないティキは、千年伯爵の言葉に顔を顰めた。
アレンに壊されたはずのノアのメモリーが何か関係しているのだろうかと考えてはみるが、自分の学のない頭じゃ到底答えを導けそうにない。
答えを求めるかのように千年伯爵を見れば、そんなティキを見て千年伯爵はリンゴを剥く手を止めた。

「大丈夫ですヨ、ティキぽんのノアのメモリーは無事でス」
「…! そう、っすか」
「まあ、その話はおいおいするとしテ…。紗雫のことについてでも、お話ししましょうカ」

そう言って、千年伯爵は紗雫の方に視線を向けた。

「まず一つ、ティキぽんにお聞きしたいことがありまス」
「…なんすか?」
「ロードから聞きましたヨ。紗雫がお気に入りなんだそうですネ」

予想外の問いかけに、ティキは思わずきょとりとする。
それからすぐに、ロードへと視線を向けた。
じとりとしたその視線に、ロードは紗雫の髪を弄っていた手を止めると千年伯爵の背中に飛びついた。

「ティッキー、こわぁい」
「…それで、どうなんでス?」

向けられる、二人からの視線。
ティキは気まずそうに目を逸らし、そして呟いた。

「…お気に入り、っすよ」

ティキの言葉に、千年伯爵は予想通りだったのか「そうですカ」と言うとちらりと紗雫を見た。
その目は、優しさに溢れている。
エクソシストであるはずの紗雫をどうしてそんな風に見るのかと、ティキは眉を寄せた。

「…ティキぽん。紗雫が、イノセンスに生かされた存在だという話は、しましたよネ?」
「聞きましたね」
「その紗雫ですガ…我輩の憶測の範囲にすぎませんが、恐らくイノセンスがなくなると共に、命を落としまス」

静かにそう告げる千年伯爵に、ティキは目を見開いた。
いきなり告げられたそれに、脳が追いつかない。

「我輩があの世界から紗雫を連れて来た時、彼女は確かに我輩の目の前で命を落としましタ。イノセンスが紗雫の命を繋いでいるのだとしたら、紗雫の持つイノセンスがなくなると共に、紗雫は死に至りまス」
「紗雫はさぁ、もしかしたら"怒"のメモリーを継いだかもしれないんだ。確証はないんだけどねぇ」
「スキンがいなくなってしまった今、一人でも早くノアを集めるには、紗雫に一刻も早く覚醒してもらわなければなりませン。でも、もしイノセンスが紗雫の命を繋いでいるのなら、我輩は…いや、ティキぽんには選択してもらわなければなりませン」
「紗雫が…"怒"のメモリーを…?」

告げられた真実は、ティキにとってはあまりにも衝撃的だった。





迫られる選択肢
(紗雫のノアの覚醒か)
(エクソシストとしての紗雫の死か)



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