勝利の末に




僕を助けてくれたのは、紛れもない僕の師匠――クロス・マリアンだった。
上に上がり切ったところで僕は落とされ(手を離され)、その挙句リナリー達のいるところにぶん投げられた。
…なんとも、師匠らしいと苦笑してしまう。

「…おら、てめえも向こうに行きやがれ! 俺は汚いもんは傍に置かねぇ主義なんだ!」

邪魔と言わんばかりに、師匠はラビにもそう告げる。
昔からあの人はそうだ。
そんなとき、師匠が抱える紗雫さんに視線が向いた。

「し、師匠、紗雫さんは…」
「…ん? あぁ、こいつ紗雫っつーのか」

抱える紗雫さんを、師匠が見下ろす。
その視線は腹部の傷を見て、それからラビに向いた。

「…おい、そこのお前。こいつを連れてけ」

呼びかけられたラビは、慌てた様子で師匠の元に向かい紗雫さんを受け取る。
そのままラビは僕達のところへ向かってきて、僕達は師匠の対AKUMA武器である聖母ノ柩[グレイブ・オブ・マリア]の聖母の加護[マグダラカーテン]により、ティキの視界から消えた。
女性の屍を使ったこの対AKUMA武器は、戦うというよりは補助的な使い方をする。

そして、師匠の持つもう一つの武器、装備型対AKUMA銃である断罪者[ジャッジメント]が発動された。





それからの戦いは、あまりにも一方的だった。

ティキは防戦一方。
僕達が必死に戦っても、手も足も出なかったのに。
なんだか、少し悔しかった。

「…っ、そうだ、紗雫さん…!」

ふと我に返り、ラビの抱える紗雫さんに視線を戻す。
ティキに負わされた腹部の傷は、あまりにも深かった。

「出血は、辛うじて止まってるみたいだけど…」
「このままにはしておけないさ」

紗雫さんは、気を失っているようだった。
攻撃を受けた後の出血が酷かったのか、顔色が悪い。
どうにか手当をすることはできないかと思っていると、地面すらも崩壊を始めた。

「…師匠!」
「…時間か」

僕の声に、師匠が反応する。
師匠がティキに銃を向けた、その時だった。
ティキが倒れていた場所が、一瞬にして崩れる。

その視界の開けた先にいたのは――。



「伯爵…!」



そう、伯爵だった。
片手には手負いのティキを担ぎ、もう片手は江戸で戦った時に見た、僕の退魔ノ剣によく似た剣。
その口元は、ニコリという表現を通り越す程に笑っていた。

嫌な予感が過る。



「餓鬼共には退席してもらいましょうカ」



その次の瞬間だった。

僕達の座っていた床がいきなり崩れたのだ。
僕の横に寝かされていた紗雫さんの腕を咄嗟に掴む。
なんとか紗雫さんが落ちるのは防げたが、ラビとチャオジーが落下していった。

「ラビ!」
「チッ…! 伸!」

ラビがチャオジーの手を掴み、すかさずイノセンスを発動させて槌の柄を伸ばす。
僕がその先端を掴んだが、握った瞬間ラビの槌が壊れてしまった。

「そんな…! ラビーッ!!」

落ちていく、ラビとチャオジー。
近くにいたのに、助けられなかった。
道化ノ帯を使っていたら…僕の判断がもっと早ければ二人は助かったのかもしれないのに…!

「…おやおや、まだ残っていましたカ」
「…!」

残った僕とリナリー、紗雫さんを見て、伯爵がそう呟く。
僕達のいた場所も少しずつ崩壊していく。

リナリーと紗雫さんが落ちていくのを、僕は道化ノ帯で間一髪助け出した。
無理が生じたのか、僕の頭部から血が落ちる。
だけど、この二人だけは絶対に助けたい。

「リナリー…絶対、助けるから…!」

引っ張り上げる腕に力をかける。
すると、腕にかかっていた負荷が軽くなった。
なにかと思い下を見れば、紗雫さんが僕の道化ノ帯を解き自分の足で宙に立っていた。
よかった、目が覚めたんだ…!

「紗雫さん…!」
「悪い…アレン」

そう呟いた紗雫さんは、リナリーを抱き上げるとリナリーを安全な場所へと下ろしてくれた。
それにホッとして、僕もなんとか足場を探すとそこに着地する。
そしてふと、二人を殺した伯爵に怒りが沸き起こってきた。
伯爵がいなかったら、ラビとチャオジーは助かったんだ。


許せない…――!


そう思った瞬間には、僕は神ノ道化を身に纏い、伯爵の元へと跳んでいた。



でも、僕は迂闊だったんだ。
動けたと思って安心してた――紗雫さんが重傷の身だということなんてこと、頭から忘れ去られてた。

怒りに任せ、僕は伯爵に攻撃を仕掛ける。
そんな僕に、伯爵はただ笑う。
ふと僕から逸れた視線がリナリーの横にいる紗雫さんの方に向いていることを、僕には考える余裕なんてなかった。

下へ下へ落ちていく伯爵を、僕は追いかける。
そんな時、師匠のマリアの脳傀儡[カルテ・ガルテ]によって、僕の意思とは裏腹に僕の手は岩の壁に剣を突き立て落ちるのをやめさせた。

「やめろ。仲間に死なれて頭に血がのぼったか、馬鹿弟子」
「聖母の術を解いて下さい、師匠! 伯爵を!!」
「嫌でも這い上がってこい。憎しみで伯爵と戦うな」

冷たい視線で師匠に見下ろされる。
ほんの少しだけ、冷静さが戻ってくる。

落ちていく伯爵を見ていると、伯爵は何を思ったのか、落ちていた身体を浮かせ僕の横を通り過ぎていった。
もう用はないはず、そう思っていた僕が間違っていた。



「待って、そんな…紗雫…!」
「えっ…」


聞こえてきたのは、リナリーの悲鳴とも取れる声だった。
驚き上を見上げれば、剣を持っていた筈の伯爵の手には、さっきリナリーを助けてくれた紗雫さん。
血の気の失せたその顔色に、紗雫さんの意識がないことは一目瞭然だった。


――なんで、伯爵が紗雫さんを…!?


「頂いていきますヨ。この子は我々にとって大切なキーですからネ」
「チッ…行かせるかよ」

伯爵のその行動に、真っ先に動いたのは師匠だった。
銃を伯爵に向けるが、それより先に伯爵の後ろに扉が現れる。



呆気に取られる僕に、伯爵は笑いながらも扉へと姿を消してしまったのだった。





役割を終えた方舟
(守れなかった後悔)
(泣き崩れるリナリーを慰めることしかできなかった)



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