戦いはまだ終わらない
それから、紗雫達はラビの鉄槌でロードの扉がある最上階へと上った。
ある程度の話をリナリーから聞いた紗雫は、消えてしまった仲間を思い悲痛に表情を歪ませる。
そんなとき、アレンが紗雫達に背を向けた。
「ティキ・ミックとレロを連れてきます」
「…おいおい、マジで言ってんのか?」
「ティキ・ミックはもう、ノアを失ったただの人間です。それに、ラビだって見てるでしょう。汽車で初めて会った時、彼には人間の友達がいた」
止めたラビに、アレンはそう告げた。
初めて聞くその事実に、紗雫はその時ティキに会ったのだと、方舟に連れてこられたときの違和感を解決させた。
でも、そんなアレンにつっかかったのは、チャオジーだった。
AKUMAとつるむノアを助けるなら、アレンもまた"敵"だと。
それは言い過ぎだと、紗雫が口を挟もうとしたその時。
下の方から、言いようのない殺気が飛んできて、紗雫は思わず床を見た。
アレンも同じくそれを感じていたらしく、扉の近くにいたチャオジーを突き飛ばす。
その次の瞬間、下から黒い何かが飛んできたかと思えば、それはアレンと扉を巻き込み下へと引きずりおろしたのだ。
「な、何が…!」
「アレンが下に引きずりおろされた!」
壊れた床から下を覗くが、下までの距離があるせいか、なにが起きているのかよくわからない。
ただ驚くリナリーとチャオジー。
紗雫は、表情を険しくした。
何が起こっているのかわからない今、迂闊に動くことができない。
どうしようもない焦りに駆られていると、下からの衝撃に地面が揺れた。
恐らく、下で良くないことが起こっている。
そう感じた紗雫とラビが動くのは、ほぼ同時だった。
ラビが鉄槌を使い、下に下りる。
紗雫も、イノセンスを発動させると空気を蹴って下へと飛び下りた。
そして、見えたのは。
黒い何かに姿を変えた、紛れもないティキの姿。
劣勢になっているアレンを、間一髪のところでラビが救った。
「ティキ・ミックさ…? その恰好は、何の冗談だ…」
「ラビ…」
「アレン、しっかりしろ。俺に掴まれ、上に逃げるさ」
「扉が…もう、扉が、ないんだ…」
アレンの言葉に、ラビと紗雫はアレンのすぐ横に視線を向けた。
そこには、先程の攻撃で壊されたであろう、ロードの扉。
もう外へ出ることができない、絶望にも似たその感情にラビと紗雫が愕然とする。
そんな中、ティキは高らかに笑った。
「っ、ラビ、上に行くぞ!」
「わかってるさ…! 伸!」
紗雫の声に、我に返ったラビはアレンを抱えて上へと上がる。
襲い掛かってくるティキの攻撃を、紗雫は紙から変えた盾で防いだ。
「っ…!」
人間と思えない程の力に、紗雫は眉を寄せる。
なんとか攻撃を受け切ると、紗雫もすぐにラビの後を追って上へと跳んだ。
後ろから、ティキと思われる気配が追ってくる。
追いつかれまいとスピードを上げるが、その気配を突き放すことはできない。
紗雫が上へと来た次の瞬間には、ティキがラビの目前へと迫っていた。
「っ、劫火灰燼 直火判…!」
すぐ目の前にいるティキに攻撃をしかけようとするが、その前にラビは斬られていた。
吹き飛ぶラビを見て、すかさずアレンが攻撃をしかける。
だが、それも容易くかわされると、アレンは吹き飛ばされていた。
「アレン! ラビ…!」
「紗雫はリナリー達を…!」
叫ぶ紗雫に、そう言ったのはラビだった。
攻撃に出ようと懐に入れていた手を、寸前のところで止める。
紗雫はギリッと奥歯を噛み締め、リナリーとチャオジーの前に立った。
「紗雫…!」
「…絶対に守るから…!」
「エクソシスト様…」
飛んでくる攻撃を、紗雫は盾で防ぐ。
規格外のその攻撃に紗雫の頬に冷や汗が伝う。
それでも、ラビとの約束を守るのだと紗雫は痛む手や腕も気にせず、ただ盾を展開させ続けた。
「…っ…アレン達が…」
防戦一方の紗雫、仲間には傷一つつけさせないと、攻撃をしかけているのはアレンとラビだった。
しかし、あまりにも力の差は歴然としていた。
二人に繰り出されている攻撃に、塔が衝撃に耐えられずに砕ける。
唐突な出来事に、紗雫は反応できなかった。
落ちていく二人を助けようとするが、その前にティキがリナリーを捕まえた。
「リナリー!」
「リナリーさん!」
黒い何かでリナリーの首を絞めるティキに、紗雫は追いつこうと瓦礫を蹴る。
必死にティキに抵抗するリナリーが、ティキの横顔を蹴った。
しかし、びくともしないティキは、蹴られことが気に食わなかったのか、リナリーを下へと投げ飛ばす。
それと共に、紗雫の近くにいたチャオジーが、リナリーと同じ所へ落ちていった。
「くそ…!」
落ちていくリナリー達の方へ向かおうとするティキ。
それを見た紗雫は、すかさず懐へ手を入れると紐を取り出す。
二本取り出し、今にも襲いかからんとするティキを見据えた。
「…ラビ、約束は守れそうにない。――転換 打刀! 雷電風絶[ライデンフウゼツ]!!」
両手に持つ紐が、一瞬で刀へと変わる。
それに雷を纏わせると、そのままティキへと斬りかかった。
しかし、それより先にティキの攻撃が紗雫の方へと向かっていた。
「ウオア"ァ!!」
「…! 氷水の盾[ヒョウスイノタテ]!」
向かってくる攻撃を、巻き上げた水を氷の盾にして防ぐ。
盾によってティキから一瞬姿を隠した紗雫は、影に隠れて再びティキに斬りかかる。
一瞬、ティキに刀が触れて、電気がティキへと感電した。
それによりティキの動きが数秒止まる。
紗雫はすぐにチャオジーとリナリーの方へと視線を向けると、被さる瓦礫をチャオジーが受け止めているのを確認できた。
それもつかの間のことで、ティキはまた紗雫の方へと突撃してきた。
「ア"ア"アッ!!」
「鉄強の…――」
急いで盾を出そうとする紗雫。
だが、それよりもティキの動きが早かった。
「いやぁぁぁぁあっ! 紗雫ーっ!!」
ティキの右腕が、紗雫の腹部を貫く。
隙間からそれが見えたであろう、リナリーが叫んだ。
それを見たティキが笑っていると、チャオジーが支えていた瓦礫が一気に壊される。
そして、今まで瓦礫の山に埋まっていたアレンとラビが、瓦礫の山から飛び出してきた。
「くそ…っ、俺らが気ぃ失ってる間に…!」
「ティキ・ミック、紗雫さんを離せ…!」
アレンの言葉に、ティキは紗雫を投げてきた。
ラビがそれを受け止め、アレンがティキに攻撃を仕掛ける。
しかし、それはいとも容易く受け止められ、アレンは再び吹き飛ばされた。
すぐにラビも攻撃を受け、抱えていた紗雫はアレンの方へと飛んだ。
なんとか着地したアレンは、飛んできた紗雫を抱える。
そして、ティキの方を見据えた。
「来るなら来い…!」
しかし、ティキから攻撃が来るよりも早く、アレンの足元が砕ける。
アレンと紗雫は、抗うことも出来ずに落ちていく――はずだった。
「…なんだぁ、この汚ねぇ餓鬼は。少しは見られるようになったと思ったが…」
落ちていくアレンの左足は何者かに掴まれていて、その何者かの片手には紗雫がしっかり抱えられていた。
「いや、汚ねぇ! 拾った時と変わらんなぁ、馬鹿弟子が!」
「…お…ひさしぶり…です…」
そう言ったアレンは、ただ顔を引き攣らせていたのだった。
師匠と弟子
(現れた赤髪の男)
(紛れもない、クロス・マリアンその人だった)
[TOP]