夢の中で
スキンのお別れ会が終わり、クロスの討伐命令を受けていたジャスデロとデビットは部屋を出ていった。
借金を押しつけてきたクロスの弟子である、アレンにちょっかい――基、八つ当たりをしに行くそうだ。
そんな二人を見送ると、やっと涙が止まったティキは本棚の前に立つロードに話しかけた。
「なんであいつら行かせたの?」
「夢はねぇ、見てるときが一番楽しいんだよ」
「はぁ?」
「夢が現実になったら、そこで終わっちゃうでしょ」
「自分がアレン・ウォーカーをいたぶることを夢に描きながら、あいつらがやつを虐めるのを楽しむってことか?」
「…まあねぇ」
そう言って、ロードは楽しそうに笑った。
そんなロードにティキは無表情にワインを一口飲む。
「歪んでるねぇ…」
「ティッキーだって人の事言えないだろぉ?」
ロードの言葉に、ティキは言い返す言葉もなかった。
苦笑を浮かべ、先程部屋に運んだ紗雫のことを思い出す。
すると、ふと隣の部屋から物音が聞こえてきて、ティキはなぜか気になって隣の部屋へと向かった。
「…ティッキー、どうしたのさ?」
「いんや、何か音がしてさ…」
隣の部屋には、紗雫しかいないはず。
だとしたら、いったいなんの音なんだろうかと。
そんなことを思いながら、ティキは隣の部屋の扉を開けた。
「…紗雫…?」
そこには、寝かせたはずのベッドから落ちている紗雫がいた。
寝返りを打って落ちたというわけではなさそうなその雰囲気に、ティキは眉間に皺を寄せる。
扉の前で立ち止まるティキを不思議に思ったのか、ロードもティキの方に駆け寄ってきた、その時。
「…ぅっ…」
絞り出すような、そんな声が紗雫から聞こえてきた。
起きただけにしてはおかしいその様子に、ティキよりも先にロードが動く。
ロードが紗雫に駆け寄れば、紗雫はどうやら頭を抱えているようだった。
「紗雫…大丈夫?」
「…っ、はぁ…っ」
辛そうな、苦しそうな紗雫の表情に、ロードが眉を寄せる。
ティキはと言えば、呆然と扉の前に突っ立っているだけ。
そんなティキにロードは呆れつつも、いったいどうしたのだろうかとロードが紗雫をよく見ようと覗きこめば、あることに気がついた。
「…! 目が…」
薄く開いたその瞳は、右目が青色、左目が金色になっていた。
見間違いかと思いもう一度見るが、何度見てもそれは変わらない。
イノセンスを発動しているらしいそれにまず驚くが、それ以前に驚くことがあった。
左目が、ノアであるロードやティキと同じその色なのだ。
ロードの表情が、一瞬にして険しくなる。
そして、ロードはティキの方に視線を向けた。
「…ティッキー、いつまで突っ立ってんのぉ」
「…あ、あぁ、すまん…」
ロードの声に、我に返ったらしいティキ。
無表情のティキは、紗雫の傍にしゃがむとそっと紗雫の頭を撫でる。
すると、ほんの少しだけ紗雫の表情が和らいだ。
苦しげに寄せられていた眉が戻る。
うっすらと開かれていた瞳は、やがてゆっくりと閉じられた。
「…眠っちゃったねぇ、紗雫」
「…あぁ…」
「でもさ、今の…」
どうやら眠ってしまったらしい紗雫を、ティキは抱きかかえると再びベッドへと眠らせる。
先程までの苦しげな表情とは違い、安らかそうなその表情にティキもロードもホッと息をついた。
そして、落ち着いたところでさっきのことについて改めて考える。
「…ティッキーさぁ、紗雫の目は見た?」
「目? いや、俺の位置からじゃ見えなかったけど…」
ロードは、さっきの紗雫の目を思い出した。
無意識だろうイノセンス発動も不思議だが、あの金の瞳。
――まさか、ねぇ…。
まだ、まだ早い。
そんなことを思いながら、ロードは眠る紗雫の髪を撫でると部屋を出ていった。
――紗雫Side.――
夢を、見ていた。
暗くて冷たい場所にいる、そんな夢を。
ロードに告げられた言葉が、今の私には苦しかった。
せっかく覚悟を決めたのに、エクソシストとして頑張ろうと決めたのに。
ノアになれる力があるなんて。
この世界で生きていきたい、それは私の本心だった。
例えこの身がイノセンスによって生かされているものであっても、私はこの世界で生を全うしたいとそう思ったんだ。
アレンやラビ達は、無事なんだろうか。
ここは暗いし冷たい。
上も下もわからない、夢のはずなのになぜだかすごく苦しかった。
そんな夢の中にいるのに、私は彼らの心配をしていた。
リナリーなんて、強制解放のせいで足が上手く動かない。
エクソシストじゃない、ただの人間のチャオジーだっている。
そんな中、なんで私はこんなところにいるんだろう。
悲しくて、悔しかった。
そんな時だった。
一瞬光が見えて、また暗くなった。
よく見れば、目の前に誰かいた。
金色の鎧に身を包まれるその誰かは、何も言わずにただ私の前に立っていた。
「…誰だ」
それは、見たこともない人物だった。
でも、額にちらりと見える聖痕が、恐らくこの人物がノアであることを物語っていた。
その人物は、自分の指を真っ直ぐ私の方へと向けてきた。
『 』
「…? 今、なんて…」
その人物が何かを言ったが、私には聞こえなかった。
やがてその人物は消え、夢の中の世界が光に満ち溢れた。
そして、私は夢から覚めた。
夢から覚めると、真っ先に頭痛に襲われた。
ズキズキなんて可愛いものじゃない。
割れそうなほどの痛みに、私はベッドからずり落ちた。
頭というか、目の辺りが痛い。
痛みに気を取られ過ぎて、ティキとロードが部屋に来たことすら、私は気付かなかった。
「…ぅっ…」
痛みに声が漏れる。
誰かが傍に来たらしかったけど、それどころじゃなかった。
「紗雫…大丈夫?」
「…っ、はぁ…っ」
うっすらと聞こえてきた声が、たぶんロードらしいだろうことはわかる。
でも、返事なんてする余裕はない。
痛みに意識を飛ばしたくても、それができないのが果てしなく辛かった。
そんなとき、ふと誰かの手が私の頭に触れる。
なぜだか、痛みが楽になった。
痛みから解放された私は、その手がティキのものだと知ることもなく、再び意識を手放したのだった。
イノセンスとノア
(さあ、再会のときまで)
(あと何分…――?)
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