ノアの少女とエクソシスト
「…っ、離せこの…!」
「…おーっと。暴れんなよ、紗雫。おっこっちまうぞ?」
紗雫を抱えたティキは、真っ暗な空間に浮かぶ階段を登っていた。
いつまで経っても腕を離そうとしないティキにイライラが募る紗雫。
なんとか離してもらえないかと暴れるが、そこはやはり男女差と言うべきか、ティキの腕は全く離れなかった。
いとも簡単に捕まってしまった紗雫は、自分のことを不甲斐なく思っていた。
――覚悟を決めたばっかりだっていうのに…。
黒い空間にところどころ浮かぶ映像は、方舟が次々と崩壊していく姿を映し出している。
あの場に残ったメンバーがみんな無事であるようにと、紗雫はただそう祈るしかなかった。
ティキがとある扉を開ける。
扉を開けた先は、いたって普通の部屋が広がっていた。
その先には、少女が一人。
「おかえりぃ! …ってなんだ、ティッキーかぁ」
「そりゃどうも。俺で悪かったねぇ」
「…って、その人は? エクソシストなんじゃないのぉ?」
「あれ、千年公の話、聞いてないのかよ?」
笑顔で出迎えてくれた少女は、入ってきたのがティキだとわかると残念そうにそう呟く。
その視線は、ティキから紗雫へと移った。
「…あっ、フェリアが言ってたあの…」
「そうそ、俺の独断で連れてきた。いいだろ?」
「…ふぅん、この人がねぇ…」
楽しげに笑う少女に、紗雫は無表情に少女を見つめる。
その目が面白かったのか、少女は紗雫に近づくとさらりと紗雫の髪を梳いた。
「僕はねぇ、ロード・キャメロットだよぉ。君は?」
「…紗雫だ」
呟くようにそう言う紗雫に、ようやくティキは腕を離した。
解放されたことに内心ホッとすると、二人から距離を取る。
威嚇とも取れるそれに、ティキは笑った。
「…ノア二人に対して敵うと思ってんの、紗雫?」
「…さぁな」
「ねぇねぇ! 紗雫はさぁ、なんでエクソシストになったのさ?」
不敵に笑うティキに、睨む紗雫。
そんな二人を気にせず、無邪気に言い放つロードに二人の視線が思わずロードに向く。
険悪ムードになりつつあった中でそんなことを言われるとは思わなかったのだ。
ニコニコとするロードに、紗雫は警戒するだけ無駄かもしれないと、溜め息をついた。
「…私がここに来た意味が、AKUMAを倒すためだと思ったからだ。この世界で生きる覚悟は、もうできている」
「! へぇ…」
紗雫が静かに告げた言葉に反応したのは、ロードではなくティキだった。
ロードはただニコニコと紗雫を見つめている。
「じゃあさぁ、もし紗雫が始めに会ったのが僕たちだったら、僕達ノアと一緒にいてくれたの?」
「…どういう意味だ?」
「千年公から聞いたんだぁ。紗雫、ノアになれる力があるんだってぇ」
「…!」
ロードのその言葉に、紗雫は目を見開いて思わずティキを見た。
あの時ティキと話したときには、そんなことは一言も聞かなかったからである。
視線を向けられたティキといえば、ティキもそのことは知らなかったらしく、目を丸くさせていた。
驚愕とも取れる、その表情に紗雫は表情を険しくする。
そんな二人を見て、ロードは対照的に悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「あっれぇ、聞いてなかったんだぁ?」
「…ロード、俺も知らなかったんだけど、それ」
「ティッキーが中国に行った後、僕だけが千年公に聞いたんだぁ。どう、ビックリしたでしょ?」
クスクスと笑うロード。
ティキはそんな彼女に苦笑する。
紗雫はと言えば、愕然とロードを見ていた。
そんな紗雫に気づいたティキは、意味深な笑みを浮かべると紗雫をそっと抱き寄せた。
「大丈夫かぁ、紗雫?」
目を見開いて固まる紗雫は、ティキに抱き寄せられたことにすら気づいていないようだった。
紗雫とティキを見て、ロードはニマニマと笑う。
「ティッキー、相当お気に入りなんだねぇ」
「…ま、そんなとこ。紗雫を虐めていいの、俺だけだから」
「うわぁお、すっごい独占よくだねぇ」
妬けるなぁ、そんなことを言ってロードは窓の外を見る。
崩壊していくその風景に、ロードはただ町を見下ろした。
そして、ゆっくりとした動きで紗雫へ近づいてくる。
「…とりあえずさぁ、今はゆっくり休みなよ…紗雫」
そう微笑んで、ロードが目を見開く紗雫の頬にそっと触れる。
その次の瞬間には、ティキの腕に紗雫が重く凭れかかった。
閉じられた瞳は、紗雫が意識を失ったことを表していた。
「…おやすみぃ」
「…荒いねぇ、ロード」
「だってさ、辛そうだなぁって思ったんだよぉ」
「…それもそうか」
眠る紗雫を見下ろして、ティキは微笑む。
そして、紗雫を横抱きに抱え直すとそのまま部屋の奥へと進んでいった。
そして崩壊は進む
(眠れ眠れ)
(そして闇まで堕ちてこい)
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