崩壊、開始
「ないレロ、ほんとうに。この舟から出られない…。お前達はここで死ぬんだレロ」
いくら探しても、出口に繋がりそうな扉はない。
どうにかして出口を探すみんなに、冷や汗を流すレロ。
全員の表情に焦りが見え始める。
そんなときだった。
「――あるよ。出口だけならね」
聞こえてきた声に、なぜか紗雫は聞き覚えがあった。
響くテノールの声、もう聞くのは何度目か。
聞こえてきた声の主は、アレンの後ろに立っていた。
「出口ならあるよ。少年」
アレンの後ろにいたのは、眼鏡をかけた黒髪の男だった。
アレンのみならず、ラビとクロウリー、そして紗雫は、彼に見覚えがあった。
「「「ビン底眼鏡ーッ!!」」」
「…えっ? そんな名前…?」
思わず指をさすアレンとラビとクロウリーに、男はぽかんとする。
でも、紗雫だけは、それが誰なのか検討がついていた。
「なななな、なんでここにいんのー!?」
「いやぁ、まぁ…」
「…おい」
焦るようなラビに、男も苦笑する。
そんな四人に声をかけたのは、神田だった。
「そいつ、殺気出しまくってるぜ」
神田の声に、三人は改めて男を見る。
煙草を吸う男は、ゆっくりとした動作でアレンの頭を掴んだ。
「少年…なんで生きてるの、さ!」
ゴツンといい音を立てて、男とアレンの頭がぶつかる。
いわゆる頭突きを喰らって、アレンは思わず後ろに倒れた。
その男性に若干青筋が立っているのは、はたして気のせいなのか。
「千年公やチビどもに散々言われたじゃねーかよ」
「なっ、なにを…!」
「…ティキ・ミック…だろ」
急なことに驚くアレン。
そんな二人を見て冷静にそう言ったのは、後方でただ見守っていただけの紗雫だった。
紗雫のその言葉に、全員が驚いて男を見る。
男は驚いた顔で紗雫を見ると、やがて笑った。
「…なんだ、紗雫にはお見通しか」
男――ティキの肌の色が褐色になる。
かけていた眼鏡がティキの体をすり抜けて、カツンという音と共に地面に落ちた。
「出口、ほしいんだろ? やってもいいぜ?」
前髪を上げたティキ。
その額には、七つの聖痕が浮かび上がっている。
それを見て、紗雫以外の全員が驚きで息を呑んだ。
「この方舟に出口はもうねぇんだけど、ロードの力なら作れちゃうんだなぁ、出口」
そう言って、ティキは一つの鍵を取り出した。
指先で鍵を弄ぶティキを、紗雫は静かに睨む。
そんなティキの後方に、突如として扉が現れた。
「地面から、扉が…!」
「レロ、その扉は…ロートたまの扉!?」
驚いたのは、紗雫達だけでなくレロもだった。
おそらく、千年伯爵からは何も聞いていないのだろう。
驚くレロに、ティキは言葉を続けた。
「うちのロードは、ノアで唯一方舟を使わず空間移動ができる能力者でね。どう、あの汽車での続き…。こっちは出口、お前ら命をかけて勝負しねぇ? 今度はイカサマ無しだ」
あの汽車、と聞いて、紗雫の頭に疑問符が浮かぶ。
ノアとエクソシストだという以外に、アレン達とティキの間にいったいどんな因縁があるというのだろうか。
それでも、それを聞けるような雰囲気でもないため、紗雫はただ黙って話を聞いていることにした。
「ど、どういうつもりレロ、ティッキー。伯爵たまはこんなこと…――」
「ロードの扉とそれに通じる三つのキーだ。これをやるよ。考えて…っつっても、しのごの言ってる場合じゃねぇと思うけど」
ティキの手から、鍵がすり抜け落ちる。
ティキがそう告げるとともに、ティキの上方にあった建物が崩れ、ティキの上へと落ちていった。
それは間違いなくティキのいる場所へと落ちていき、みんなは驚いて言葉を失う。
だが、紗雫だけは冷静にそれを見ていた。
瞬間、瓦礫の方から鍵が飛んできて、神田の手に鍵が収まった。
それを受け取る神田は、難しい顔でその鍵を見つめる。
「エクソシスト狩りはさぁ、楽しんだよねぇ。扉は一番高い所に置いておく。崩れる前に辿り着けたら、お前らの勝ちだ」
崩れたはずの瓦礫から、ティキの声が響いている。
万物の選択の能力を持ったティキのことだ、おそらく"瓦礫には触れない"という選択して悠々と瓦礫の中に立っているのだろうと、紗雫はそう予測していた。
「…ノアは不死と聞いていますよ。どこがイカサマ無しですか」
瓦礫を見つめ、そう言ったのはアレンだった。
そのアレンに、紗雫もまた瓦礫を見つめ少し表情を険しくする。
そんな中、ティキの笑い声が辺りに響いた。
「…なんでそんなことになってんのか知らねぇけど、俺らも人間だよ、少年。死なねぇように見えんのは、お前らが弱いからだよ」
瓦礫から響く声。
遠くなったはずの声が、一瞬後には紗雫の近くに聞こえた。
そう気づいたときには、紗雫のすぐ後ろにティキがいた。
「…っ!」
「あっ、紗雫はもらってくぜ?」
繋いでいたはずのリナリーの手が、離れる。
リナリーがティキによって飛ばされたのだ。
それに気が付き紗雫が驚いて振り向こうとすれば、すぐ真横でティキが笑っていた。
そして、一瞬で腰を掴まれたと思えば、すぐに他のメンバーとの距離が遠くなる。
「紗雫…!」
「じゃぁな、少年達」
「待ってください、なんで紗雫さんを…!」
「俺のお気に入り、だからかな」
次の瞬間には、先程見た扉の向こうへティキと紗雫が入っていく。
あまりに一瞬のことに、みんなその場から動けずにいたのだった。
さあ、始めよう
(離してしまった手を見つめ)
(リナリーは後悔に包まれていた)
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