カウントダウン
謎の空間を通り抜け、紗雫達は空から落下した。
咄嗟にイノセンスを発動させた紗雫は、リナリーを横抱きに抱えると宙で一旦足を止める。
他に一緒にきたであろうメンバーが床に落ちていく姿に苦笑したが、とりあえず怪我はないだろうと思い、そのままゆっくりと地面に足をつけた。
「あ…ありがとう、紗雫…」
「どういたしまして」
「紗雫ずるいさ! 俺らすんげー痛かったんだぞ!」
そっとリナリーを立たせれば、ラビがそう言って紗雫に叫んだ。
だが、全員を助けられるほどの余裕はなかったのだ。
怪我もなかったんだしよかったんじゃないかと、紗雫は苦笑を漏らす。
他のメンバーは、きょろきょろと辺りを見渡し始めた。
「…なんだ、この町は」
「ここ、方舟の中ですよ」
呟いた神田にそう返したのは、アレンだった。
なぜ知っているのかと、神田がアレンに喰って掛かる。
ちょうどそのとき、紗雫が何かを踏みつぶしていることに気がついた。
「…なんだ、こいつ…」
「レ、レロ…早く足を退かすレロよ!」
それは、かぼちゃが頭についた傘だった。
紗雫が足を退かしてやれば、その傘に向かってすぐさまアレンと神田が斬りかかろうとした。
「「お前の仕業か」」
息の合うその二人の行動に、なんだかんだで似た者同士だなと紗雫は密かに笑った。
「スパンといきたくなかったら、ここから出せ」
「出口はどこなんですか?」
「で、出口はないレロ…。…、レロっ!」
鬼の形相と言わんばかりの二人に対し、冷や汗を流す傘。
なんとも不思議な光景だなと紗雫が冷静に考えていれば、急に傘の動きが止まった。
『舟は先ほど、長年の役目を終えて停止しましタ。ご苦労様です、レロ』
「…伯爵…」
傘から聞こえてきたその声。
それは、間違いなく千年伯爵のものだった。
アレンと神田の表情も、その声によって固くなる。
『出航でス、エクソシスト諸君! お前達はこれより、この舟と共に黄泉へ渡航いたしまス』
レロと呼ばれた傘の口から、風船状になった千年伯爵が出てきた。
ふざけた格好とその言葉に、紗雫は眉を寄せる。
『危ないですヨ。ダウンロードが済んだ済んだ場所かラ、崩壊が始まりましタ』
千年伯爵のその言葉と共に、周りの町並みが崩壊し出した。
次々と壊れていく建物を見て、紗雫は傍にいたリナリーの手をしっかりと握る。
リナリーもまた不安に駆られたのか、紗雫の手を握り返してきた。
「どういうつもりだ!」
『この舟はまもなく次元の狭間に吸収されてしまいまス。お前達の科学レベルでわかりやすく言うト…あと三時間、それがお前達がこの世界に存在していられる時間でス』
神田のその問いかけに、千年伯爵がこれでもかというくらいに丁寧に説明してきた。
周りの破壊音が、嫌に響いている。
止める術のないそれに、紗雫は思わず舌打ちをした。
『可愛いお嬢さン。良い仲間を持ちましたネ、こんなにいいっぱい来てくれテ。みんなが君と一緒に死んでくれるかラ、寂しくありませんネ』
「伯爵…っ」
千年伯爵のその言葉に、リナリーの手を握る力が強くなった。
おそらく、何も抵抗できずに連れてこられてしまった自分を責めているのだろう。
そう感じ取った紗雫は、握っていない方の手で、リナリーの手をそっと包んだ。
「…っ、紗雫…」
「大丈夫だ。リナリーのせいじゃない」
『大丈夫、誰も悲しい思いをしないよう、君のいなくなった世界の者達の涙も止めてあげますからネ』
意味深なその言葉は、恐らく先程まで一緒にいた他の人達も殺すと言っているのだろう。
だが、あちらには元帥であるティエドールがいる。
マリもいるし、ブックマンだっている。
彼らなら大丈夫だとそう信じて、紗雫はただ宙に浮かぶ千年伯爵を睨みつけた。
やがて、風船状になった千年伯爵はどこかへ飛んでいった。
「どこかに、外に通じる家があるはずですよ。僕と紗雫さんはそれで来たんですから」
「って、もう何十軒壊してんさー」
千年伯爵の風船がいなくなったあと、手分けして建物を壊してきた。
しかし、紗雫とアレンが江戸へ来た時と同じような扉は、一つもない。
そんな紗雫達を見て、レロはただ笑っていた。
「無理レロ〜。この方舟は停止したレロ! もう他の空間には通じてないレロ。マジで出口なんてないレ…――」
嫌味とも言えるそのレロの言葉に、思わずアレンと神田、ラビ、そしてクロウリーがレロに殴りかかる。
四人のパンチに、レロは成す術もなく吹っ飛ばされた。
――手加減ないな、ほんと。
そんな四人に、紗雫は苦笑する。
だが、こうしている間にも崩壊は進んでいる。
どうにかできないものかと辺りを見渡していると、紗雫達の立っている床が崩れ始めた。
崩壊の鐘
(崩れ出す町)
(カウントダウン、開始)
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