方舟探索
それから、バクに通信機をもらった紗雫とアレンは、コムイの制止を押し切り方舟へと乗った。
暗闇を抜け、瞼の裏が明るくなる。
二人が目を開ければ、そこは想像していたようなものではなく。
「「…町?」」
そう呟いて、二人は唖然とした。
どう見ても、そこは洋風の町並みが広がっていたのだ。
驚かない方がおかしいというものだろう。
『あれ、どうかした?』
通信機から聞こえてきたのは、コムイの声だった。
とりあえず大丈夫だということを告げると、二人は歩き出す。
歩き出してしばらくして、アレンが思わず心配そうに呟いた。
「…コムイさん。みんなは、大丈夫でしょうか…?」
『不安な時は、楽しいことを考えようよ』
不安がるアレンに、コムイが語り出したのはこうだった。
みんなが帰ってきたら、お帰りと言って肩を叩く。
リナリーは思いっきり抱きしめる。
アレンはご飯をいっぱい食べさせてあげる。
ラビはその辺で寝てしまうだろうから、毛布をかけてあげないと。
大人組はワインで乾杯したいね。
紗雫ちゃんは二十歳だからもう飲めるかな?
どんちゃん騒いで眠ってしまえたら、最高だね。
そして、少し遅れて神田君が仏頂面で入ってくるんだ。
楽しげにそう語るコムイに、アレンの硬かった表情が少し柔らかくなった。
そして、二人はそのまま方舟の中を歩き出した。
しばらく二人は無言で歩いていた。
その無言の空間に終止符を打ったのは、静寂に耐えられなかったのだろう、アレンだった。
「あ、あの、紗雫さん…」
「なんだ?」
「その…随分長いこと眠っていたみたいですけど、大丈夫なんですか?」
そう問いかけられ、紗雫は予想通りだったのかフッと笑った。
まさか笑われるとは思わなかったのか、アレンはぽかんとする。
そんなアレンを見て、紗雫はさらに笑った。
「…そうだな…昔のことを、少し思い出していたんだ」
「昔の、こと…」
アレンはその紗雫の言葉に、眉を寄せた。
アレンが聞いた話では、紗雫はラビと出会う前の記憶が一切ないらしい。
紗雫の言った"前"というのが、ラビと出会った直後辺りの話なのか、それとも。
「あぁ、私がラビと出会う前のことだ」
そう言って、紗雫は目を伏せた。
悲しげな、それでいてなんとも言えない表情をする紗雫に、アレンは何も言えなくなってしまう。
眉を寄せるアレンに、紗雫は苦笑を漏らした。
「…私はラビに出会う前、日本にいたんだ」
「…! 日本に…!?」
「あぁ。たしかに私は、そこで一度死んだはずだったんだ」
「死、んだ…?」
通信機でコムイに話が筒抜けなのも気にせずに、紗雫はそう告げた。
「あぁ、そうだ。私が臨界点を突破できたのは…この世界を受け入れることができたからだ」
紗雫の告げる言葉に、アレンは不思議そうに首を傾げた。
紗雫が言っている"世界"とは、いったい何なのだというのだろうか。
だが、それを聞いていいものなのかと、アレンは迷う。
それを感じ取ったのか、紗雫は再び歩き出すと言葉を続けた。
「…詳しいことについては、この戦いが落ち着いてから話す。私の気持ちの整理も、それまでにはつけておくから…」
「…はい…」
紗雫は、それだけ告げるとそれ以上は何も言わなくなった。
これ以上は恐らく語ってくれないのだろうと、アレンは言及することなく。
二人は出口を探すべく、方舟を歩いていった。
それからしばらくして、二人はとある扉の前へと辿り着いた。
なぜかはわからないが、アレンにはここが江戸への出口だろうと感じた。
その思いが通じたのか、紗雫はアレンに向かって静かに頷くと、アレンはそれを見て安心したのか扉の取っ手を掴んだ。
その先に、江戸があることを祈って。
さあ行こう、戦場へ
(視界が開けたその先に)
(江戸の景色が見えると信じて)
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