眼鏡の男




結局、今回の奇怪はAKUMAのせいだということで幕を閉じた。
翌朝ラビがコムイに電話で簡単に報告をし、二人はそのままもう一つの任務をするため汽車に乗り込んだ。

「―――しっかしまあ、紗雫のイノセンスにはびっくりさー」

あのAKUMAを倒し、翌朝コムイへの報告が終わった後に二人は紗雫のイノセンスについて調べた。
なぜ木の棒が刀になったのか、イノセンスの力はいったい何なのか。
いろいろ試行錯誤し、わかったのは紗雫の想いに応じて、物体が変化するということだった。
例えば、木の板をプラスチックの板にできたり、紐を針金にできたり。
物質の質量自体はそこまで大きく変化できないが、ラビの提案で面白いことが分かったのだ。


――そう、空気を土台にして空中に立てるということだ。


空気中にある蒸気を足元に留まらせることで、それを土台とする。
集中力が必要にはなるが、今後大きな力になることは間違いなかった。
それともう一つわかったことは、紗雫が寄生型のイノセンスを身に宿したということだった。
もちろん、力の源は紗雫の目。
イノセンス発動時にのみ、色が青にかわることからそう結論付けられたのだった。








汽車に乗り込んだ二人は、コムイに告げられた新たな任務について話し合った。
それは、見つけられたイノセンスの保護、そしてそれを黒の教団に届けること。
イノセンスはすでに探索部隊に見つけられているが、そのイノセンスを狙いAKUMAが次々と部隊を攻撃しているとのことだった。

「…まあ、そんなに遠くないし、あいつらもこっちに向かってるから大丈夫さ」
「…そうだな」

明るく言い放つラビに、紗雫は静かに頷いた。
誰も死なずに済めばいい、そんなことを紗雫が思っていると、なぜかラビに見つめられていた。

「…なんだ、ラビ?」
「紗雫、こうやって汽車乗んの初めてなんじゃね? 探索してきたらどうさ?」
「…お前は私をそこらへんの餓鬼と同等に見てないか?」
「んなわけねーって! まだ時間あるし、行ってこいって!」

訝しげにラビを見つめ返せば、らびはただ笑って紗雫を立たせる。
慌てて脱いであったコートを手に取ろうとしたら、ラビはやんわりとそれを止めると紗雫を廊下へと導いた。
乗り気ではないにしても、たしかに初めて乗る汽車に全くの興味がないわけではない。
ラビが手を振り個室の扉を閉めてしまったため、紗雫は溜め息を一つ漏らすとそのまま汽車を歩き始めた。









汽車を歩き始めて数分、辺りを見渡していた紗雫は前から歩いてくる人に気づかず正面からぶつかってしまった。

「…っ、すいません…」
「悪ぃ悪ぃ、俺も前見てなくて…」

どうやらぶつかったのは男性だったようで、紗雫が慌てて謝ると眼鏡をかけた男とばっちり目が合った。
手をヒラヒラさせる男に怪我はなかったようで、紗雫はホッと息をつく。
それもつかの間、紗雫は目の前の男性にじっと見つめられていることに気がついた。
不思議に思い、少し自分より背の高い男性を見れば、男性はわしゃわしゃと紗雫の髪を撫でた。

「…?」
「いやぁ、なんか美人なやつだなーって思ってさ」
「どうも…」
「男の割には綺麗な顔立ちしてるし。そのナリならモテるだろ?」

男性のその言葉に、紗雫は知らぬうちに眉間に皺を寄せた。
記憶のない自分に、そんなことはわからなかった。
それに、教団ではそういう目で見られたことなんて一度もない。
そんな紗雫の思いを汲み取ったのか、それともまずいことを言ってしまったと思ったのか、男性は苦笑を浮かべていた。

「…悪い、聞いちゃいけなかったか?」
「…いや。ただ、私、つい最近までの記憶がないから…」
「えっ、"私"…?」
「…こんなナリですけど、私女です」

紗雫が俯きがちにそう言えば、男性がは目を丸くした。
予想外の返しだったのだろう。
男性は「あー…」と歯切れの悪い声を出し、しばらくして再び紗雫の頭に手を乗せた。

「…すいません、貴方には関係ないのに」
「いや、いいってことよ。それに、変なこと聞いちまった俺も悪いし。てか、女だったんだな。スマン」

ハハッと笑い、男性は紗雫の頭から手を退けた。
すると、同時に誰かの名前を呼ぶ声が奥の車両から聞こえてきた。

「…あっ、やべ、あいつら置いてきたんだった」

まずいとでも言うように焦る男性に、紗雫は僅かに笑った。
それを見た男性が、一瞬きょとんとした顔で紗雫を見てくる。
そんな男性に、紗雫もまたきょとんとした顔で男性を見つめ返した。

「…何か顔についてるか?」
「…っ、いや、なんでもねーよ。じゃあ、俺連れが呼んでるからさ。じゃーな」

くるりと踵を返し歩き出す男性を、紗雫はただ黙って見送った。
そのしばらく後に、互いの名前を知らずに話していたことに気づき、おかしさに再び笑いが込み上げたのだった。
















――**side.――


俺は名前を呼ばれ、さっきまでいた女性と別れた。
おそらく俺より少し年下であるだろう彼女に、なぜか興味を抱く自分がいた。
記憶がないというその女性。
何もないときは無表情といってもいい顔でいるのに、ふと見せた笑顔。
無性に気になったのだ。
美人で綺麗な、一見男に見えるその彼女に興味が出た。

「おっせぇよ、何してたんだ?」
「悪いな、ちょっと人とぶつかっちまってさ」
「なんだなんだ、そんなことで油売ってんなよー」
「…ティキ、次で降りるって」
「わかったよ、サンキューなイーズ」

暑苦しい男二人の傍にいる子供――俺達の仕事仲間のイーズに、俺は笑ってそう返した。
彼女、また会えるといいな――…。




次の任務へ
(またどこかで会えたら)
(お互いにそんなことを思っていたのだった)



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