特上焼肉食べ放題。学生一人2000円。さらに二人で来たら一人1500円に値下げ。視覚から頭に流れ込んだ情報だ。最近学校の近くに開店した焼肉屋のサイトだという。よだれが出るほどおいしそうな和牛肉の画像も丁寧に載せてある。私はそのスマートフォンをタップするの手を止めて、前の席の椅子に後ろ向き、つまり私の方に体を向けて座る新開を見た。こいつがこのスマートフォンの持ち主だ。

「で、一緒に行ってほしいと?」
「ああ」

 椅子の背もたれに肘を乗せて私の顔を探るように覗き込む新開はどことなく、期待に目を輝かせているようだった。本当に食に関して目ざとい男だ。それでも食べた物を脂肪ではなく筋肉に変えてしまうのは、彼の日頃のストイックなトレーニングの成果なんだろう。
 要するに、私は今、新開に焼肉に誘われている。私だって焼肉は大好きだ。カルビもハラミもタンも大好物だ。食べ放題となれば、間違いなくそこらへんの女子よりは食べる自信はある。男子にだって負けないかもしれない。新開も私がグルメ仲間であるという認識を持って誘ってくれたんだろう。でも、

「あんた、彼女できたんじゃなかったっけ?」
「あいつは少食なんだ。誘っても行ってくれない」
「そうじゃなくて…」
「ん?」

 私の言いたいことを何もわかっていない新開をじっと睨む。相変わらず何考えているのかわからない、もしくは何も考えていなさそうな、とらえどころのない表情をしている。こんなやつじゃ彼女も大変だなぁ。呆れた風にそんな言葉を頭に浮かべていたけれど、本当は呆れた気持ちとはまた異なる気持ちが少しだけ混入しているような気がした。誤魔化すかのように、私は口を開ける。

「私と二人でご飯とか行ったら嫌がるでしょ」
「大丈夫。たまにおめさんの話をするけど、何も言われないんだ。ただの友達だってわかってるんだろう」

 何の疑いもないような口振りで言った新開に、唖然とした。なんて男だ。鈍すぎる、色々と。だんだん腹が立ってきて、急激に大袈裟かつ嫌味ったらしいため息を吐きたい衝動に駆られたけれど、どうにか押さえてため息にならないようにゆっくりと少しずつ息を吐いた。

「新開ってほんっと女心わかってないね!」
「え?」
「その子が何も言わないのは、付き合いたての彼氏に重いって思われたくないからだよ。だから気にしてないふりしてんの。本音は嫌なんだよ。彼氏だったらそんくらいさー、汲み取れないわけ?」

 私の言っていることは間違いなく正論だ。もうこれは、新開の彼女から謝礼の言葉をもらってもいいレベルに的確なことを新開に示したはずだ。だって、当たり前だ。恋する女子高生っていうのはそういう生き物だ。両想いでも、付き合っていたとしても、いつこの幸福がぱったりと消えてしまうか不安で不安で仕方ないんだ。大好きな人に嫌われたくなくて本音なんてめったに言えないんだ。新開の彼女に感情移入して目頭が熱くなる。全く無関係の部外者だっていうのに、馬鹿だ私は。
 さすがの新開にも私の言いたいことが伝わったらしく「…そうだな」と静かに呟いた。珍しくばつの悪そうな表情をしているけれど、そこにかすかに見えたのは人が誰かを愛おしむときの熱。ああ、新開は今、彼女のことを考えているんだ。そう思った瞬間プツッと胸に針が刺さったような、そんな痛みを感じた。

「そうだよ。せっかく付き合えたんだから、大切にしなさいよ」

 そう言ってスマートフォンのホームボタンを押して新開に返す。タイミング良くクラスの男子が「おい新開、チャリ部の奴が呼んでんぞー」と新開に声をかけた。新開は椅子から立ち上がり「ありがとな。おめさんはやっぱすごいやつだ」なんて言って笑顔をつくって、席から離れていった。私は一仕事終えたような疲労感と達成感と解放感を抱きながら、頬杖ついて窓の方を見た。空が青い。
 ただの友達、かぁ…。心の奥底で呟いた声は随分と情けなく響いた。そんなの百も承知のつもりだった。でもいざ本人の口から聞いてみると、結構、攻撃力のあるフレーズだ。こんなにも、痛い。本当は焼肉、誘ってくれたの嬉しかった。行きたかった。一緒に食べたかった。でも新開には彼女がいるんだ。心通わせ合っている子がいるんだ。私、ただのお邪魔虫じゃないか。私は新開の彼女みたいに不安になって嫉妬することなんて許されない。だって、ただの友達、だもの。さっき新開と話していて目頭が熱くなったのは、彼女に感情移入したからなんかじゃない。本当はきっともっと醜い理由がある。新開には気づかれたくないような理由が。
 窓から空を見るのをやめて、腕を机の上で組み、そこに顔を伏せた。失恋、だ。失恋っていうのは苦くて酸っぱくて、不味い。後味がずっと残っている。だから世の失恋した女の子たちはみんなこの味を消したくて忘れたくて、やけ食いしちゃうんだ。今の私だったら一人で焼肉にだって行けそうだ。カルビに、ハラミに、タン。ああ、なんだか、お腹が、すいた。

ロンリーハングリーメランコリー

20150128