「ブン太好き。付き合おう?」

空は高く青い。私はたった今世界一好きな人に告白をした。好きで好きで好きで、こんなもんじゃ足りないくらい、どうしようもなく好きだった。それでも言葉になったのは何億分の一程度の“好き”だけ。案外平然としていた。告白ってもっと緊張するものだと思ってた。何億分の一だからこそ安易に口にできたのかもしれない。振り向いたブン太と初めて目が合い、やっと緊張する。ずっとずっと、何年も前から好きだったの、この人のこと。そんなブン太にやっと想いを伝えた。いや、伝わったのは多分想いじゃなくて頼りない言葉のほう。

「おう、いいぜー」
「え…」
「お前、今日から俺の彼女ってこと」

ブン太が笑顔で私に向けてVサインをつくって見せた。開きっぱなしのだらし無い口を手で覆い隠す。今日からブン太の、彼女。憧れていた響きが私に重なった今、素直に涙が溢れ出してくる。きっとこの涙の方が、さっき口にした安っぽい言葉より、ずっと彼への想いが詰まっている。俯いてただ泣いてたら抱きしめられていた。甘い恋の幕開け、なんて、心の中は幸せと希望で満ちていた。彼に夢中すぎて、青い空がだんだん曇ってきたことにも気づかなかった。



それから何日か経って、私は初めてブン太の家に行った。ブン太の部屋はわりと綺麗で、でもしょうもないようなガラクタもたくさんあって、ブン太らしくてすぐに気に入った。私はどうやら彼の身の回りの物や彼と関連性のある物にはすぐ好意を抱くらしい。我ながらその気持ちの重さを痛感して苦笑いした。部屋をじろじろと見ていたら、部屋を出ていたブン太が戻って来た。小さいお皿二枚、フォーク二本、ケーキの箱を持ってきた。それを丸テーブルの上に置き、箱を開く。おいしそうなショートケーキとモンブラン。

「どっちが良い?」
「うーん…モンブラン」

別にどっちでも良かったんだけど、ブン太はショートケーキの方が好きな気がして、モンブランを選んだ。それぞれお皿に乗せ、二人で食べる。この時間が幸せ。甘い物を食べるときの幸せそうなブン太を見られるのが幸せ。モンブランを食べ進み、後半に差し掛かるとちょっと甘ったるくなってきたのだけど、ブン太がくれたものだから最後まで食べた。甘ったるいくせにもっと欲しくなる、麻痺してるみたい。
その後、初めてブン太に抱かれた。溶けてしまうんじゃないかと思うくらい、甘かった。片想いだった頃に散々膨らんだ想いが更に膨らむ。ブン太の風船ガムみたい。割れるなんて考えもしない。とにかく私は、幸せすぎるくらい幸せだ。窓から雨の降りそうな空が見えた。



私は毎日ブン太の部活が終わるのを部室の近くで待つ。この学校のテニス部はいくつもの大会で栄光を手にしているわけで、それに相応しい物凄い練習量が要される。どんなに遅くなっても私はずっと一人で待っている。苦だとは思わない。練習中のブン太を見るのは好きだし、練習の後に一緒にいられる時間はもっと好き。だから良い。いつものように待っていたら、近くから聞き慣れた声が聴こえた。

「丸井も悪い男じゃのう」

その声は部室の裏から聴こえてくる。部室を中心としてちょうど私のいる場所の反対側だ。仁王くんの声や口調に反応したというよりは、丸井、というたった一つの言葉に反応し、なんとなく意識して耳を澄ます。きっと仁王くんとブン太がいつものようにくだらない、でもおもしろい馬鹿な話をしているのだ。丸井も悪い男じゃのう。仁王くんの発した言葉が頭の中でリピートされる。悪い男?ブン太が?どうして?特に深くは考えていない。

「うるせーよ。仕方ねえだろぃ」
「本当のこと話して断ればええのに」
「断れねえって。…だってアイツさ、ずっと前から俺のこと好きだったんぜ?」

具体化されていく会話の内容に、どうしようもなく胸が騒々しい。いや、まだわからない。それは私のこと?違うかもしれない。仮に私のことだとしたら…どういう意味?本当のことって何?どんどん不安の種が膨らむ。二人の会話の続きなんて聞きたくない。でも、続きを聞いて安心したい。

「その優しさがいつか女を泣かすんじゃ」
「あーもう俺だって悩んでんだよ!」
「どっちも逃しても知らんぜよ」
「放っとけっつの」

二人の声が耳を突き刺し頭に響く。やっぱり私が聞いてはいけないものだったんじゃないか。曖昧だった不安がだんだん輪郭をあらわにする。さっきまで、ついさっきまで、ただ幸せな気持ち一杯でブン太を待っていた私は何処へ。落ち着け、落ち着け私。言い聞かすも無意味。ひたすら頭の中が混乱し、心臓が破裂寸前。そして何よりも、惨めな私。必死に逃げ道を探す。二人の会話に私は関係ないのだと確信できる要素を探す。見当たらない。もう此処にこうして立っていることすら難しい。彼の顔でも見てしまったら、私の中の全てが崩れ落ちる気がする。

この日初めて、ブン太より先に帰った。



それから冷静になっていろんなことを考えた。いろんなことと言っても、その全てはブン太に繋がるわけだけど。
私の勝手な予想だと、ブン太には私とは他に好きな女の子がいる。それが彼女なのか片想いなのかはわからない。私よりその子が好きなんだと思う。所謂“本命”ってやつ。だけど、私が長年ブン太に想いを寄せていたのを知ってて、私から告白され、振るのは可哀相だと思い、断れなかった。完璧な予想ではないか。考えれば考えるほど、自分が悲しくなってくる。ブン太の馬鹿。変な気遣うなら振ってよ!どうしてこんなに苦しい思いをしなければいけないのだろう。ブン太の彼女になれて嬉しかったのに。毎日幸せだったのに。仁王くんとの会話なんて聞かなければよかった。あれが全部嘘だったら良いのに。私は結局本気になんてされてなくて、ただ同情で付き合ってもらってるだけ。そんなの嫌だ。信じたくない。

「ブン太なんか死んじゃえ」

泣きそうな声で一人呟く。私をこんなに悩ませて苦しませるブン太なんか死ねばいい。ついでにブン太の好きな子も。わかってる。最も死んだ方が良いのは、弱虫なこの私だ。
ブン太の全部が大好きだった。ブン太のことだけ、ずっとずっと好きだった。もうわかんない。どうしてそんなにブン太が好きだったの?ブン太のどこが?私は一体誰が好きだった?それを忘れてしまうくらい、ブン太を好きでいることが当たり前だった。死ねばいいのにって思うけど、ブン太が死んだら多分絶対泣く。心が痛いのだ。誰か私の心に麻酔でも打ってほしい。強力なやつ。



ブン太に聞こう。全部、ぜんぶ。そしてブン太の口から確かなことを教えてもらおう。私はそれを受け止めるしかない。きっと知ってしまったら、ブン太と別れることになると思う。どうせ今の付き合いだって上辺でしかないのだから、別にかまわない。嘘、ちょっと怖い。上辺でもブン太の隣にいるとき、確かに幸せを感じたから。二人で共有する何かを知ったから。

そして今現在、ブン太の部屋にいる。ブン太と二人きりで長い時間を過ごすのは久しぶりだった。あれから自然と少し距離を置いていた。ブン太の傍にいると思考回路がどうにかなる。ブン太の部屋。案外綺麗でガラクタだらけの、愛しい6畳半。もうここに来るのは最後かもしれない。他愛もない話をして、でも全然続かなくて、沈黙の末に、私は口を開く。

「ブン太は私のこと、本当に好き?」
「は?何言ってんだよ、好きじゃなきゃ付き合わねーだろぃ」

嘘つき。そんなの優しさじゃないよ。言ってやる。言ったらきっと嫌われる。嫌われるのは怖い。すごく怖い。でももう無理だ。これ以上溺れてからでは間に合わない。

「私はね、ブン太のことずっと好きだったんだよ。知ってるでしょ?」
「…ああ」
「今も好きだよ。大好きだよ。でもね、ブン太は違う。違うの」
「違わねーよ。さっきから何が言いたいわけ?」
「ブン太は…ブン太は私の気持ちを知ってて、情けをかけて付き合ってるだけじゃない!私のことなんて本気じゃないくせに!もうこれ以上私の心を弄ばないでよ!ブン太のその優しさが私をどうにかさせるの!」

一息で言った。言葉がすらすらと飛び出してきた。ブン太は目を丸くさせ私を見る。当然だけどかなり驚いているようだ。私はブン太から視線を逸らさない。怖いけど確かに目を合わせる。何故か罪悪感が込み上げてくる。私はちっとも悪くないはずなのに。部屋の中は時が止まったようにしんとしている。妙にドラマチックだ。ブン太が口を開くのを待つ。何て言われるだろう。最終的にはやっぱり振られるんだろうな。
そんなことを考えていたら突然ブン太に抱きしめられ、今度は私が目を見開く。ブン太の匂いがふわっとして泣きたくなる。

「ごめん」
「……」
「でも俺、お前のこと好きだ」
「…、」

抱きしめられながら、ブン太の顔をもう一度見る。少し困ったような顔をしてその目は私を見てる。嘘つき、嘘つき、馬鹿。突き放してほしかったのに。私がブン太を想っていた長い歳月をぶち壊すように最低な態度をとってほしかったのに。最後の最後に、もう一生ブン太を好きになれないくらい傷つけてほしかった。ブン太は甘い。いつか食べたモンブランを思い出す。甘ったるくてしんどかったけど、ブン太と一緒にいたから、美味しかった。

「だからさあ、そんな泣きそうな顔すんなよぃ」

体を離したブン太が私の頭を優しく撫でる。拒みたいのに、甘えたい。皮肉にも今日、今までで一番ブン太を近く感じる。ブン太と本当に本気で会話をしたような気がする。ああ、そういえばさっき、ブン太は初めて私に好きだと言った。ずっと私の欲しい言葉だった。
勝てない。もういい、もういいよ。ブン太が他の女の子を一番に好きでも、私にも愛をくれるなら。それが上辺でも遊びでも、確かに形にしてくれるなら。ブン太の甘さに溺れ死にたいの。

そのままのテンションでブン太に抱かれる。本当に良いの?…良いの。行為中、何度も自問自答する。本当は一番に愛されたくて、だけどこの幸せがなくなるよりは今のままでいたくて、でも、だけど、やっぱり…。そんな悩みや迷いは、ブン太と触れることでどうでもよくなってくる。何も考えたくない。私はひたすらブン太とのそれに夢中になり、甘い声を上げる。馬鹿な女だと笑われても良い、ブン太が好き。窓を打つ雨の音が少しうるさい。






song / DECO*27

20110525