ほら、愛してるからいじめたくなるみたいな、俗に言うヤンデレってやつ?

「たたた、痛い、痛いですボス」

だからボスに愛されてる私は今こうやって頭蓋骨折れそうになるくらい強い握力をかけて頭を掴まれているんだと思う。ぎぎぎっとえげつない音が脳内に響き、頭が締めつけられる。いやヤンデレってレベルじゃないでしょコレ。ウェアイズ“デレ”?どうプラス思考に頭を働かせても愛とは程遠いただの暴力行為にしか思えない。放してください。そう口にしたら更に力は強くなった。は、放せー!私が強く念を入れた瞬間不思議とその手は離された。だけどまだ頭はじんじんする。軽く頭蓋骨が歪んだに違いない。

「てめえは塩と砂糖の違いも分からねえのか」
「すいません。本当すいません。でも頭をあんな、」
「あ?」
「…いや何でもないです。すいません。塩と砂糖間違えるとか論外ですよね、すいません」

大変、大変恐縮ながらやはり私はボスの恋人なのだ。頭を手で押さえながら目の前の荒れたテーブルに目をやる。割れた皿にかろうじて乗っているヒレ肉の惨めなことと言ったらない。受動態プラス過去形でいくと、あの料理たちはかつて私によって作られた。メイドバイミー。いやそんな日本の中学生レベルの英語を使っている場合ではない。最愛のボスの前だからって料理が得意!なんて大嘘ついたのが何よりも過ちだった。塩と砂糖間違えるだなんて初歩的すぎるミス、今時どこのギャグマンガにもない。そしてボスはこんな可愛らしいミスを笑って許してくれるほど王子様気質ではない。ああどうしよう。絶対怒ってるよ。ボス恐い。

「あ、あの、作り直します」
「またあんなクソまずいものを食わせる気か」
「でっすよねー。すいません」

ボスのバカ!さすがに今のは傷ついた。私に100のダメージ!私は瀕死状態になった。だって、花嫁修行中の女の子が愛情を込めて頑張って作った料理をクソまずいだなんて。ひどい。じわりと涙が込み上げてきた。ボスは完全に呆れてる。破局か?そう考えると一層涙腺が緩む。どんなに、どんなに酷いことをされても、言われても、私はどうしようもなく本能的にボスが好きなのだ。ドMかよ私。いやドMだよ私は。ていうかドM以外ボスの恋人とか無理だって。恐ろしい具合の沈黙の後にボスが席を立った。どっか行っちゃうのかなーと名残惜しく見つめていたら、ボスと目が合った。

「早く立てカス」
「え、はい?」
「外食だ」
「あ、そうですか。いってらっしゃいませ」

そう言った瞬間ボスは眉の角度を急にして舌打ちをし、今度はテーブルを蹴りひっくり返した。私は驚き、びくりと肩を震わせた。昔ながらのちゃぶ台返しなんてかわいいものではない。それはそれは高級な食器が一枚二枚と音を立てて割れていくわけだ。私はもう涙でぐちゃぐちゃになりながら、それでも懸命にボスを見つめる。次は何ですかボス。私庶民なんでオススメの高級レストランなんて知りません。それよりこちらはオススメの整形外科教えていただきたいです。頭蓋骨の歪み治したいんですよ、今すぐに!

「てめえも来い」
「はい!…って、はい?」
「俺の嫁になるんじゃねえのか」
「え、そうですけども、……良いんですか?」
「さっさと支度しやがれ。次塩と砂糖間違えたらカッ消す」
「はっ、はい!」

“デレ”イズヒア!好きだ!ボス大好きだ!私は両手で涙を拭ってから、ルンルンと鼻歌を歌いながら身支度をしていた。そうしたら「おせぇんだよカスが」と、思いっきり背中蹴られた。うおっと変な声を上げ、私は顔をしかめた。はい今確実に背骨折れましたー。ああもう私のドM根性どうなってんだよ。そして最近ボスの暴力エスカレートしちゃってるよ。だけどめげることはない。私はボスに愛されてる。私はボスの唯一の恋人なのだ。そう再自覚すると何だか嬉しくて頬が緩んだ。

「行くぞ」
「はい、ボス!」
「名前で呼べ」
「ザンザス様!」
「ザンザスだ」
「ザ、ンザス…!」

きゃー呼び捨てにしちゃった!呼び捨てにしちゃったよ。躊躇いがちに、でもしっかりとそのゴージャスで素敵な名前を呟けば、ボスは何だか口だけ笑って、私の頭をさっきとはまるで別物のように優しく撫でた。ライガーの頭を撫でるのと全く同じ要領だったのには敢えて触れないでおこう。ドキドキドキドキと、私の心臓がうるさい。もう、これだからこの人との恋愛はやめられない!
明日からしっかりと料理のお勉強をしよう。いつかボスの舌を唸らせて、私のことを褒めてもらえるような最高に美味しい料理をつくってやる。
まだ少しだけ残る涙は塩のようにしょっぱかったけれど、それから彼と過ごした時間は砂糖のように甘かった。



傷口に砂糖をかけて



2009XXXX
20121017 修正