相手チームのSGが撃ったブザービートに手出しすることもできず、ただそのボールの行方を眺めていた。暑い。息が苦しい。額から流れた汗が睫毛にとまるのを感じた。見える、とても綺麗な放物線。すげー、と敵ながら感動してしまった。撃った本人はといえば少しも表情を崩さない。チームメイトの奴らも全く歓声をあげない。こんな綺麗なシュートなのに。これが王者というものなのか。スコアボードに表示された圧倒的な実力の差。
 俺はこのとき、帝光中バスケ部に敗北した。


「えっ、高尾スポーツ推薦で秀徳決まったの?すげー!」「さすが主将」「やっぱり高尾はこのチームの中でもずば抜けてるしな」「秀徳って東の王者だろ?」「あそこならお前の目も充分生かされるんだろうな」「お前ならすぐスタメン入れるよ」「つーか絶対エースになれるって!」

 中学のときのチームメイトたちのテンションの上がった声を今も覚えている。あの頃、俺はチームで一番バスケが上手かった。自分の目の活かし方も掴めてきて、主将なんてモンもやってた。で、バスケの名門校からの推薦の話。全国レベルだし、周りみたいにせっせと受験勉強に明け暮れるのも面倒だったから、話に乗った。ああでも確かに、仲間が言ったように、俺はエースになれるんじゃないかって少しは思っていた気がする。

 そして高校に入学した。桜の花びらが舞う校門から校舎までの道を薄汚れたスニーカーで歩いていると、賑やかな周囲から非常に興味深い会話が耳に飛び込んできた。「おい、聞いたか?バスケ部にさ、超強い一年入るんだってよ」人が多すぎてどこから聞こえてきたのかは分からない。超強い、なんて大袈裟だ。別に俺はそんな風に言われるほどの実績はない。「聞いた聞いた!さすがうちのバスケ部だよな!名前は確か…」俺の名前は高尾和「緑間真太郎!」「そうそう、キセキの世代って呼ばれてる奴だ!」……え?

 とんだ笑い話だ。キセキの世代と同じチームだなんて。しかも緑間って。忘れるわけがない。中学のときに試合してボロボロに負かされた相手だ。そう、あのとき、帝光中との試合で。美しいシュートを放つあの緑間だ。そんな奴と同じチーム。エースになれるなんて思っていた数ヶ月前の自分を殴り倒してやりたい。
 俺はすぐにレギュラーにならせてもらえた。そして例の緑間真太郎がエースになった。キセキの世代なんて中学でバスケやってたら知らない奴はいない。本当に奇跡みたいな、十年に一度の人材だ。注目されないわけがない。雑誌の取材が来たら緑間緑間、練習試合する相手チームも緑間緑間って。へえ、やっぱりキセキの世代ってすげーんだ。別にそうとしか思わなかった。

 ここで一番タチが悪いのは自分より強い奴に嫉妬して、不真面目になったり、非協力的になったりする馬鹿だ。俺は違う。
 嫉妬?毛嫌い?ああ、最初の方は少ししていたかもしれない。キセキの世代なんて生まれたときから才能や環境に恵まれていたんだよ。でも、緑間が、真ちゃんがずっとひたすら努力しているのを見たら、そんなどす黒い感情は純粋な尊敬にすら変わってしまう。真ちゃんはすごい。こいつがエースだ。こいつに認められたい。だから俺は真ちゃんにパスを回す。その左手から放たれるシュートを信頼している。真ちゃんはゲームの主役だ。俺は脇役。黒子風に言うなら、俺は影だ。なんてな。





「和成くん、お疲れさま」

 うちの体育館で行われた他校との練習試合で圧勝した後、飽きもせずにシュート練習をしている真ちゃんを横目に部室に戻って着替えて出たら、彼女が壁にもたれて待っていた。頻繁なことではないけど珍しいことでもない。俺は笑って、おう、とかそんな軽い言葉を発して彼女と向き合う。これ、と小さい声で言った彼女が差し出してきたのはスポドリだった。また軽くお礼をしてペットボトルを受け取る。表面の水滴が俺の右手の平を冷やす。

「試合観てたよ。すごかったね」
「お、観てた?まああんくらいは取れねぇとな」
「緑間くんのシュート、面白いくらい入るんだもん。見てて気持ち良かった」
「だっろー。真ちゃんのシュートってこう、夢中になるよな」

 キャップを開けてペットボトルを口に運びながら、さっきの真ちゃんのシュートを思い出す。どんだけ緑間のこと考えてんだよって思われるかもしれないけど、俺だけじゃないはずだ。あの狂いのないシュートを何か魔力を持っているように思える。見ている人を釘付けにするような。その人の時間を止めてしまうような。目の前にいる彼女だってきっとそうだ。それに対してだって別に妬みはしない。喉を通るスポドリはちょっと甘い。少し飲んですぐにキャップを閉めた。

「緑間くんのシュートもすごいけど、和成くんのパスもすごかったよ」
「え?」
「バスケのことあまり詳しくないけど正確なところに出してるし。それにね、緑間くんがシュート入れたとき、和成くんすごく得意気な顔してるの、知ってた?」
「どんだけ俺のこと見てんの?和成恥ずかしい!」
「…え?だって私、和成くんが好きなんだよ?そりゃ目で追っちゃうよ」

 俺のふざけたノリの質問に対して何の恥じらいもないようにそう言った彼女の目を見て、冗談ではなく本当に恥ずかしくなって、ペットボトルのキャップに視線を落とした。メーカーのロゴが載っている。どうでもいいけど。
 彼女にバスケの知識はない。つまり素人で、普通素人っていうのはシュートばかりに注目して、ましてや真ちゃんみたいなすげーシュート撃つ奴がいたら目を奪われるのは当然で、というか素人でなくても奪われるけどな。いやそんなこと考えてるんじゃない。俺は脇役で、影で、でも彼女はそんな俺を見てくれていて、うわ、何だよそれこっぱずかしいって思って、冗談まじりにごまかしたら「好きだから」なんて核を突かれちゃって、ああもう…。誰だよ俺のこと最初にハイスペックとか言った奴。ちょっと面貸せよ。俺はただの高一男子だっつの。
 そんなことをマッハで考えつつ、俺はキャップから目を離せずにいた。しかし流石ホークアイ。愛しの彼女はしっかりと視界に入っている。別に俺はエースでも何でもないけど、こんな風に自分を見つけてくれる人がいるっていうのは、少し照れくさくて、死ぬほど幸せなことだと思うんだ。
 俺はキャップから彼女に視線を移し、笑顔をつくった。

「あー、超腹減った!何か食いに行かね?」


あたたかな閃光


20120911