私の愛する恋人を紹介します。ほら、今この体育館で一人残りシュート練習をしている彼です。そう、大きな身長、緑色の髪の毛、黒縁の眼鏡、変な置き物、そんな彼です。彼の名前は緑間真太郎くんといいます。私はいつも真太郎くんと呼んでいるので、ここでも真太郎くんと呼びます。真太郎くんはここ、秀徳高校のバスケットボール部のスーパールーキーでエース様で天才で秀才です。真太郎くんは毎日このように部活の後一人で自主練をしていて、私は毎日こっそりと見ているのです。彼と初めて出会ったのもこの体育館でした。私の一目惚れでした。あまりに繊細で美しい、芸術的なシュートを放つ彼に、恋をしたのです。それから何とか近づきたくて仲良くなりたくて、頑張った甲斐あってめでたく両想いになることができました。本当にありがたいことです。こんな私を好きになってくれるなんて!だから私は絶対にいつだって真太郎くんの味方だし、一番のファンで、理解されにくい彼の一番の理解者でありたいと思っていました。真太郎くんがただ才能だけであのシュートを撃ってるわけではないこと、ちゃんと知ってるよ。全部ぜんぶ、わかってるよ。彼とお付き合いが始まってからの毎日は、楽しいです。真太郎くんはドがつく変わり者で、なかなか素直じゃない偏屈屋で、それでも本当は不器用な優しさをいっぱい持っていて、やっぱり私にはもったいない、最高の恋人です。なんて、本人には言ったことないけれど。
真太郎くんが何十本目かわからないシュートを放つ。何度見たって、見惚れてしまう。きっとこのシュートを見て彼を愛さない人なんていないのです。静かで目立つ程でもないのに、その放物線が残像となり、まるで龍がいるようにすら錯覚する。また、真太郎くんがシュートを撃つ。ああ、大好きだ。真太郎くんの手にボールが触れた瞬間、ボールは魂を持つのです。真太郎くんの信念が乗り移る。だとしたらあの龍は真太郎くんの守護神か何かでしょうか。こんな練習でさえも、真太郎くんは一度だって適当にシュートを撃ったことがありません。いつだって真面目に、一心に撃つ。だから私は真太郎くんのシュートが好きで、真太郎くんの左手が、好きだった。今日の真太郎くんは特に集中しているようです。敵なんていないはずなのにまるで誰かと戦っているみたいに。その理由は、なんとなく私はわかるけれど、考えたくないので考えません。けれどそうやって考えることから逃避するたび罪悪感が募っていきます。ごめんね、真太郎くん。かわいそうな真太郎くん。ごめんなさい。
真太郎くんはいつだって正しい人で、道理の外れたことはしない。いつだって切実にひたむきに勝利を求める人で、幸福を求める人で、だから真太郎くんは不幸になるべきではないのです。悲しい顔をして、生きていく人では、ない。

ゴールから落ちてバウンドしたボールが私の足元まで転がる。私はそれを拾いません。真太郎くんがこっちに向かって歩いてくる。嫌だ、来ないで。そんな思いが届くはずもなく真太郎くんはもう私に触れそうな距離にいた。こうして真太郎くんを近くに感じるたびに、真太郎くんが私をすり抜けるたびに思う。


ああ、どうして、私、
死んじゃったんだろうって。


私の愛する恋人を紹介します。緑間真太郎くんです。今ここにいる、ここで泣き出しそうな、悲しい表情をしている彼です。可哀想なことに彼は一週間前に交通事故で愛する恋人を亡くしてしまったのです。大型トラックに轢かれて、即死でした。鮮やかなほど赤い血がアスファルトに散らばりました。私は死んでからも毎日ずっと真太郎くんの練習を見ています。それは何故でしょう。何故私はここにいるのでしょう。何故、私はここにいるのに、彼に触れられないのでしょう。彼の目に映らないのでしょう。どうして真太郎くんがこんな思いをしなきゃいけないんでしょう。どうして私、死んじゃったのでしょう。


No one knows.


20120827