私に残した視線を消したくない(ナランチャ)
※死ねた

黒い服は似合わないと彼は私を馬鹿にするように笑い言ったのだ。どんよりとした曇り空が太陽を隠し、地面や木々は落ち込んだように暗い。私の横に立つ金髪の男は静かに暮石の近くの何もない地べたへ手を伸ばして触れた。
「…そうやって彼の遺体に花を手向けたの?」
「…ええ」
ジョルノの翡翠の目は長いまつ毛に伏せられて一瞬だけ見えなくなる。少し離れたところで見守るように立つミスタとフーゴの存在を感じつつ、私は暮石の周りに一斉に咲いた花を眺めぽつりぽつりと言葉を口から漏らし始めた。
「…ナランチャは私がこのチームに入った時からずっと兄のように弟のように親友のように優しく接してくれたの」
「聞いてるよ」
「彼はこんな暗い社会にいても、いつも私の目を輝く瞳で見て話しを聞いてくれた」
「…」
ブチャラティもアバッキオもじっと静かに私の話に耳を傾けてくれていたけど、ナランチャは特に表情をころころと変えて私の話を聞いてくれていた。あの空間はひどく心地がよく、目を瞑れば思い出す情景に心臓と喉元のあたりがきゅうっと締め付けられる。

兄のような弟のようなと彼を称したが、ナランチャは正直よくわからない男だった。私が面白い話をすればとても澄んだ瞳を隠すように目を瞑り、口を開けてゲラゲラと声を出して笑った。そして私の話の続きを茶化すように催促した、楽しくなった私がその気になって続きを話せば純粋さを持った年の離れた弟のような輝きを持っていた目を細め、優しく兄のように変わり頷くように話を聞いていたのだ。その細めた目を私はドキドキしながら盗み見していた。

彼の瞳は不思議だ。聞いた話では彼は目の病気を患い、浮浪児のように街を彷徨っていたのをフーゴが発見し、ブチャラティが保護したと聞いていたのに瞳の奥にいつもあるのは優しさだった。父親から見放され、他者から疎まれていた彼の瞳は境遇とは違いとても優しかったのだ。そんな彼を尊敬していたし、私はとても好きだった。そう、好きだったのだ私は。

今気付いても遅いことで、なんとも歯がゆい感情から口元は無理やり笑みを作り眉毛は反射的に下がってしまった。
「…彼を…とても好きだったの」
ナランチャの無邪気に笑う姿も、目を細めて私を見つめる優しい視線も、穏やかなリストランテに感じる居心地のいい空気の中、ばくばくと高鳴る心臓の音も。今となっては二度と戻ってこない感覚に、後悔というのはこうやってできるのかと徐々に喉がひくひくと震え始めた。

「泣いてもいいんだ、きみは」
ジョルノの言葉に息を飲み、深呼吸をする。
「…いやよ、ナランチャに笑われちゃう」
笑ったり呆れたりされることも、もうない。事実を受け止めるたびに、私の胸はズキズキと痛み苦しんだ。ぽつぽつと降り始めた雨が頬に伝い、せっかく我慢をしているのに泣いているようだと私は恥ずかしくなり俯く。仕事で失敗し悔しくて泣きそうになった時も、ナランチャは弟のように笑い私を励まし、兄のように頭を撫で、恋人のように優しく抱き締めてくれた。あの行為に彼からしたら特に深い意味がなかったとしても私はそれにとても救われたし、安堵したのだ。抱きしめられた時に香った太陽と柑橘のような匂いが未だに私の脳裏にはこびりついている。

フーゴとミスタが傘をさして近寄り、私とジョルノへと傘を傾けた。フーゴの傘の中で私は雨とは違う生暖かい液体が頬を伝ったのを感じて手のひらで目元を隠した。
「ナランチャは帰ったら君に「故郷に一緒に帰ろう」と言うつもりだったんだ」
「…家出のように出てきたって言ったくせに私なんか連れ帰ってどうすんのよ…」
「学校も通うと言っていた」
「私とフーゴが一生懸命教えても掛け算できないくらいバカなのに…」
「…故郷のマルガリータが食べたいとも言ってたよ」
「マルガリータくらい…いくらでも作るわよ…」
ジョルノの伝言のような言葉に返答をしても、本当に言葉が欲しい相手はもういない。返事は返ってこない。喜ぶ顔も照れる顔もみることができないのだ。音を立てて降っていた雨がまたポツポツと小ぶりになり、地面がぬかるんでいるのも私は忘れ、力が抜けた腰からがくりと座り込んでしまった。

「おかえりって、ごめんねって、好きって言えてないの」
「…」
フーゴがしゃがみ私が濡れないように傘を頭上へとかけてくれる。その行為は残酷で、雨にさえ濡れていれば私が泣いていることを私ですら気づかないのに。鼻をすする音は雨が傘に当たる音にかき消された。
「私はどうすればいいんだろう」
純粋に、そう思った。
「…それでも君は生きなきゃあいけないんだ」
「……わかってる…」
ジョルノの力強く残酷な言葉に頷いて目から溢れる涙を地面に落とした。フーゴの大きな手が背中をさすり、嗚咽と一緒に肩が震える。
「フーゴ」
ジョルノの声でフーゴの手は止まり静かに立ち上がって私から離れた。
「なまえ、雨が止むまで僕たちは少し離れたところで待ってる。この雨なら誰も君が泣いているとは思わないよ、ナランチャだって」
そう言ってミスタとフーゴを引き連れ彼は霊園の門の方へと歩いていく。
「…ありがとう、ジョルノ」
彼の心遣いに感謝してから遠慮なくボロボロと涙をこぼした。見上げた空はどんよりと淀んでいたが遠くに見える空は少しだけ雲がはけていた。雨はまだもう暫く止みそうにない。

きっと私の記憶からも彼の優しい視線が消えることはないだろう。この雨が止んだら、私は立ち上がり彼らと合流し前を向くから、今だけは泣いてもいいよね。たくさん笑ってくれていいから。頬を伝う生温さに目を瞑り彼の視線と、太陽と柑橘の匂いを必死に辿った。いつかこの記憶も薄れてしまうのだろうか。私にはそれだけが怖かった。