Tiramisù(プロシュート/jojo)
※死ネタ

気付いたら、いつも行くカフェの、いつもの端の席に座っていた。目の前には恋人のなまえが座っていて、ティラミスを口に運んでいる最中だ。小さい口にスプーンが入り、きゅっと締められた唇の両端が幸せそうに上がる。
「んー!おいしー!」
ふにゃりと蕩けた表情に何故か違和感を感じながら首を傾げる。

「なんでココにいるんだ」
直近の記憶が何も思い出せない。確かにここのカフェはなまえとよく来るし、こいつはドルチェが好きで、よくこんな蕩けた顔をする。

俺の質問になまえがきょとんとする。
「…プロシュートってば、頭まで老化しちゃったの?」
「今すぐバアさんにするか?」
「冗談だよ、約束してたじゃない。色々終わったらココのティラミス奢ってくれるって」
売り言葉に買い言葉じゃないが、おちょくる様子もいつもとは変わらない。スプーンをくるくると右手の指先で回しながらニコニコと笑う。

「…そういえば最近打ち合わせでしか来てなかったな」
「そうだよ、仕事中は甘いもの食うなだもん」
みんなのこと配慮しろって見栄を気にするんだからサ、肩を落として面倒くさいといった顔をされる。その顔を見てコイツがチームに入ってきた時のことを思い出した。
女で、しかもまだまだ若いと聞いていたから仕事を一緒にしたときに面を食らった。そこら辺のチンピラとは違って男よりも根性が座っていたし、自分の信念のために死ぬのも怖くないといった女だった。
男の力なんて必要ないとでもいうような眼と精神力に惚れたら一緒になったんだった。

「でも今日はプライベートだから食べてもいいんだよね」
「…そうだな」
ティラミスをぱくぱくと口に入れるなまえを見て、俺も口元がほんの少しだけ緩む。
「一口くれ」
「いいよ、はい」
口を開けば、照れもせずにスプーンを放り込まれる。口内に広がると思っていた甘みや苦みは、全くと言っていいほど感じない。きょとんとするなまえの薬指にそういえばこないだ買ってやった指輪も無い。

「このティラミス味しねぇぞ。しかもお前、指輪はどうした?」
眼を丸めて咄嗟にスプーンをテーブルに落とし、左手を右手で隠した。
「味、しない?」
「まったくな」
「…」
困惑した青い顔で右手で左手を握り震える。別に指輪を付け忘れたからってわざわざ怒ることでもない。何をそんなにおびえているのか、普段怯えたりしないだけに様子がおかしい。

「別に毎日付けてろってわけじゃねえ」
机に落としたスプーンを拾い、紙ナプキンの上に置いて言う。
「ちがうの」
震えた声が否定して、隠した左手から右手を離した。

「指輪が見つからないの」

目線を逸らしたなまえをそのまま見つめる。いつも明るい表情が困ったように青い。
「?どういうことだ?」
「持ってこれなった」
「?」
「指輪はあの時落としてしまったから」

ますます何を言ってんだかわかんねえ。混乱する頭を抱えれば俯いていたなまえが、はっと顔を上げる。
「味がしないし、状況をわかってない。やっぱりプロシュートはまだ来ちゃ駄目だったんだ」
「は?」
「私が早く会いたいって思ったばかりに」
「何言ってんださっきから…」
「ペッシが待ってる!行ってプロシュート」
勢いよく立ち上がりガチャンと皿とスプーンが音を立てる。バランスを崩したスプーンが今度は机から落ちて、地面へ落下した。

かちゃんっ。

「っ…」
激痛で目を覚ます。全身が痛くて体が全く動かせない。視界もぼやけて、足と右腕の感覚がない。奥歯を噛み締めて思い出した。
「(チッ、まだ戦ってる最中だ)」
無意識に電車と車輪の間に入り込んだ意思に答えるようにスタンドをすぐに出し、攻撃を始める。耳もほぼ聞こえてねーが中でペッシがまだ戦ってる気配を感じる。
「まだ、も…少し…だ」
もう少し。俺は死ぬだろうけど、ペッシが勝てばそれでいい。俺たちの誰かが娘を奪えばあとはなんとかなる。
意識が朦朧とする中で、なまえの姿を思い出す。

「あと少し…待って…ろ、すぐ…」
先に死んだお前を待たして悪いが、お前が行けと言ったんだ。俺は最後までやるからな。

そういえば昨日お前はあいつらとの戦いで死んだんだった。遺体を回収したときに地面に落ちてた指輪が俺のポケットに入っている。次に会ったときにまた付けてやるからな。