吐いて(ココ/トリコ)
※2012-2014年くらいに書いたやつ

嘔吐感というものに自分が支配されるという気分がなかった、トリコの用にがつがつ食べたこともあまりなかったし、吐くという行為は汚いし品がない。そんなことを思いながら目の前でトイレに向かって吐き続ける知り合いの背中を撫でた。

「吐くくらいなら呑まなきゃいいのに」
「へへ…ココには一生わかんないよー」
ヘラヘラと笑う彼女の額にはじんわりと汗が滲んでいて笑う顔とは反対に体調は最悪そうだ。
「わかりたくもないよ」
「デスヨネー」
「…何か嫌なことでもあった?」
「ないよー」
彼氏がいたと聞いたこともなかったし、仕事を辞めたとか、友人関係にトラブルがあったとか、そんな話は聞いていない。そもそも彼女は会社勤めでは無いし、友人関係も広くはないけど彼女を理解する良い人ばかりでトラブルなんてあるわけがない。あとはお金関係?でもお金に困るほど考えない子じゃない。

「…ほんとに何もないよ?」
「何もないのに呑めないお酒を呑んで吐いてるんじゃ説得力に欠けるな」
「…ん。ごめん、でもほんとに何もないの」
「悩みがあるなら言ってほしいんだ」
僕が吐いてたわけじゃないのに酸欠みたいに頭がくらくらする。たまにうちに来ては持ってきたありったけのお酒を呑んでは吐いてを繰り返す彼女の行動の意味がわからなかった。なんでこんな無駄なことをするのか。

「ほんとに何もないんだよ?まぁ私は馬鹿だから伝えたいこととか言いたいことが言葉にできなくてさ、つい溜めちゃうの」
「愚痴なら僕に言えばいいじゃないか」
「愚痴だけじゃないのよ、例えば物を拾ってくれてありがとう、とかも言えずじまいで溜め込んじゃうの。あの時こう言えば良かったとかそういうのが溜まって溜まって空き容量なくなって、でも言葉に出来ないから別の物を代わりに吐き出してスッキリしてるの」
私馬鹿だからね。酷い吐き気が無くなったのかトイレに向いてた顔をこっちに向けて苦笑いをしていた。君は本当にバカだ。
「ココみたいに賢くないの」
「そんなんじゃ身体に良くないよ」
「わかってるけどやめられなくて」
「吐くなら僕に吐けばいい」
「…そんな趣味だったっけ?」
「…意味が違うな…言えなかったことを全部僕に言えばいいんだ」
「ココに関係ないこともあるんだよ?」
「それでもいいよ君が吐かなくなるなら」
「変わり者だなぁ」
「君に言われたら終わりだ」
トイレからリビングに移動してコップに水を注いで渡せばなまえ嬉しそうにごくごくと飲み干した。
「じゃあなんで僕の家にわざわざ?」
「ココの家で吐き出す前はみんなの所回ってたんだけどさ、誰も背中なんか撫でてくれないんだよ」
みんな気が利かないよね。さっきまで吐いてたのが嘘みたいにケラケラ笑う彼女を見て、なんだ…それだけか、と少し落ち込んだ。

「けどココが撫でてくれるから、来るんだよ」
「…嬉しいんだか嬉しくないんだか…」
「照れないでよ…ていうか喜びなさーい」
そうやっていつも僕を頼ってくれれば素直に嬉しいよ、って言えるんだけど。
「…ありがとうね、ココ」
「どういたしまして。でももう吐いちゃダメだよ?」
「…っう…」
「トイレに行って!!!!!!」