ごはんの魔法(露伴/jojo)
街中で行き交う人間のスケッチをしていたら見覚えのある制服のスカートが視界に入った。ゆっくりと顔を上げればその女(女というほど成熟はしていない)がぼくを見てニッコリと笑った。
「せんせ、お仕事?」
「…見てわかるなら話しかけるなよ」
「だってぼんやりしてたから」
嫌味ったらしく返答してもなまえは気にも止めてない顔くすくすと笑って隣に座った。
「おい、ぼくは座っていいなんて言ってないぜ」
「空いてるんだからいいじゃない」
確かに座っていたベンチは3人は座れる大きさではあった。それでもわざわざ座るほどの用もない癖に、さほど歳は変わらないが今時の女子高生なんて何を考えてるんだかぼくにはさっぱりだ。

「休憩?」
「…キミが座ったせいで集中力が切れた」
「それはそれは…じゃあ休憩しなさいってことだったのかもね」
「あのなァ…こんなにわかりやすく拒否してるのに気づかないのかよ」
「まぁまぁ」
それ見せてよ。なんて軽々しくクロッキー帳を指差した手を睨めば、見覚えのない絆創膏が目に入った。

「どうしたんだそれ」

絆創膏を指差せば「ああ、」なんて言いながら、少しだけ恥ずかしそうな顔を見せる。

「今朝お弁当作った時に切ったの」
「料理できるのか、驚きだな」
「実は上手なんだよ作ってあげようか?」
「興味はあるが…見返り求めてきそうだな」
「ちょっと私ってば露伴先生にどう思われてるのさ」
あはは、なんて軽々しく笑った。
正直本気で集中力が切れてしまい、そういえば朝から何も食べていないことに気づいた。意識をすると人間って奴は急激にお腹が減る。ぐう、なんて効果音通りの音が自分の腹部から鳴って、不覚さに集まる熱を隠すのに片手で顔を隠した。
「もしかしてご飯食べてないの?」
「朝からここに居たんだ、仕方ないだろ。どっかで食べて帰るから君も帰れよ」
「うーん…」
しっしっと動物を追い払うように手を振れば、閃いたとでも言うように隣に座った女がぼくを覗き込んだ。
「ご飯作ってあげるよ」
「いらない」
「でも先生の漫画の中で、女の子がご飯作りに来るシーンとかあるかもじゃん」
「…じゃあ資料として食べてやるよ」
「素直じゃないなあ」
そう言いながらも嬉しそうな顔で笑うなまえにため息をつく。そうとなったらすぐ行動、と立ち上がった彼女を追って自宅への帰路を歩いた。少し食べてみたかったのは本人には言わないでおこう。


「さてと、何食べたい?」
ぼくの家に着いて早々、遠慮なしにキッチンに入る。何が食べたいかと聞かれてもパッと出てこないのが一人暮らしの長さを思い知らされた。
「白米…だな」
「米に合う料理ねぇ」
リクエストが伝わったようで冷蔵庫を遠慮なく開けガサガサとさぐり出した。こいつ人の家だと言うことを忘れてないか?一通り見終わったのか、いくつかの材料を出しまな板の上へ重ねていく。
「何作るんだよ」
「えへ、秘密」
なんだそれ。腹が減っているからか何か言う気にもなれずに「わかった、じゃあ後は頼んだ」とだけ伝えて一度部屋に戻る。持っていったクロッキー帳を片づけて、そういえば画材屋に寄ってくるのを忘れたな、と今朝考えていた予定が狂ったことにまたイライラした。これでもし不味い飯が出てきたら本気でキレそうだ、彼女の記憶と経験の1枚くらい貰っても許されるだろう。
と自分を落ち着かせて読みかけの本を持ってリビングへ戻った。

思っていたよりなまえはテキパキと動いて、気づいたら30分ほどでフライパンで何かを焼く匂いがした。独特な醤油の匂いがして、様子を見にキッチンへ入る。
「なるほど、生姜焼きか」
「うん、豚肉あったし、あとキャベツも」
丁度後ろの炊飯器からご飯が炊けた音楽が鳴って、ドタバタと彼女が慌て出す。
「あと10分くらいでできるから座ってて」
「わかった」
思ったよりアッサリ言うことを聞いたとでもいった顔できょとんとしたなまえが少しだけ微笑んで、ささっと作っちゃいますね、と言った。人にご飯を作ってもらうのなんてお店以外だと随分久しぶりだ、さっきの言葉に少しだけむず痒く感じた。
口に出したら若干アレだが、台所に女子高生が立つ、ってのもいいもんだ。(なまえなのがなんとも色気はないけど)言っていたように漫画の参考にはなりそうだな、と台所で動く彼女をスケッチした。
ついでにきちんとそう伝えれば「露伴先生ってばおっさんみたいなこと言うね」と失礼なことを言ってくる。ぼくはまだおっさんじゃない。

それから10分くらい経って本当に白米と生姜焼きと溶き卵と豆腐の味噌汁が出てきた。付け合わせにと思って、とキャベツの何かが出てきて感心した。普通に美味しそうでつまらん。
「生姜焼きとなんだよこれ」
「アンチョビなかったけどなんちゃってキャベツアンチョビ!」
「要はにんにく炒めだろ」
「そうとも言いますね」
うん、まぁわかってる奴だな。と並べられたメニューを見て、食欲のそそられるにんにくの匂いと、生姜と醤油の匂いに限界の来ていた腹がまたぐうと鳴った。
「ふふ、召し上がれ」

40分くらいかけて作ってもらった料理を10分ほどで食べ終わり、食後にどうぞーなんてどこから出してきたのか緑茶まで出してきたもんだから普通にくつろいでしまっている。2人がけのソファーに座っていたら彼女がまた隣に座ってきた。
「だからなんで隣に座るんだよ」
「いいじゃん」
くすくすと笑う。いたずらっ子のように笑う顔もなんとなく見慣れてきて、ため息をついてそのままにしといた。なまえとはここ数ヶ月の付き合いだが、とてもマイペースなせいで彼女のペースに流されてしまう節がある。まぁもう慣れたし、慣れたら心地よくも感じる。
「美味しかった?」
少しだけ心配そうに聞いてきた。美味しかった。なんなら店に出てもおかしくないくらい。でも素直に褒めるのも恥ずかしい。
「…まぁまぁだな」
「またそういうこと言うー」
テレビを点けて淹れてもらったお茶を飲む。隣に座るなまえの視線が痛い。
「…う…まかったよ、普通に」
「最後が余計だけどまあ良しとしましょう」
「ホントにキミは偉そうだな…!」
ニヤニヤしながら嬉しそうにお茶を啜るなまえは、鼻歌交じりに食器を洗いに台所へ向かった。
仕事は今日はもうできなさそうだけど、諦めよう。思ったより美味しかったご飯で満たされた気持ちを疲労に使うのも勿体無い。
台所で食器を洗うなまえを見ながら、まぁこの後甘いものでも奢ってやるかと思った。