腰が凄く重くて、昨日寝睡眠に落ちた記憶が全くない。
目を開いて自身の横で寝息をたてる整った少年を見つめれば、昨夜の記憶を少しずつ思いだしてきた。そうだ私はジョルノに抱かれたのだ。
身体の痛みさえなければ正直とても良かったしハマってしまいそうな気もする。
あまりにも弱い意思に自分に嫌気が差すが、済んでしまったことだし、と目を瞑りジョルノへ擦り寄ると長い睫毛がゆっくり持ち上がり眉間にシワを寄せた。
「…今呑気に2度寝しようとしましたね」
「あらあら…起きてたの?」
「当たり前ですよ」
はぁ、だなんてため息をついてから甘えるように額にキスをして、私を一度抱きしめる。
「腰が痛い」
「自業自得です、僕を煽るから」
「煽ってないわよ」
ふわふわと宙に浮いているようなそんな心地だ。ボスのジョルノが一緒にいるのだから今日の仕事はどうしようかな、なんて思っていたら普通に腕から私を解放して「さ、起きますよ」だなんて言うから頬が引きつってしまった。起きるの?これからすぐに仕事にとりかかるの?まじで言ってる?

「身体が重すぎて仕事にならない」
「…大人なんだからしっかり」
私をベッドに取り残して、バスルームへ歩いていくジョルノに「鬼…」と言えば振り返って「そうですね、今日1日中、昨日みたいに過ごすならいいですよ」と笑顔で言ってきた。冗談じゃない。
「…冗談ですよ、そんな顔されると流石に傷つきます」
「ジョルノとするのが嫌なわけじゃなくてね、体力の問題よ」
「わかってます」
くすくすと笑ってバスルームに消えた男に恐怖を感じながら、私も身体を起こした。



そのままドレスに着替える前の服装に着替えて、ホテルを出る。ジョルノからリゾットの元へ行って、集金をしてきて欲しいと言われたのでそのままの足でレンタカーを借りた。車を走らせて暗殺チームが根城にしている家のインターホンを押せば、乱暴にドアが開く。
「…なんだナマエかよ」
「ギアッチョだ、チャオ〜」
「チャオ」
「リゾットに用があって」
「ああ、もうそんな日にちか」
いいぜ、入れよ。と言う言葉に甘え、家の中に入ると良い匂いがしてギアッチョに聞いた。
「良い匂いするね」
「リゾットが飯作ってる」
「へぇー!朝ごはん?」
「おー」
リゾットが朝ごはん作るのか。申し訳ないけど少し面白いな、くすくすと笑って匂いの元へ歩いて行くとたしかにキッチンに立つ男がいた。なるべく気配を殺して背後に近づいて覗き込む。

「チャオ、リゾット」
「…ああ、ナマエ」
大して驚くこともなく私を見たリゾットの手元でじゅうじゅうと音をたてるフライパンにはベーコンが焼かれていて、良い香りがこちらにまで漂ってくる。テーブルにはオムレツがあって、3皿分できていた。
「…朝ごはん美味しそうだね」
「食べるか?」
「いいの?今日何も食べてないから、食べたいな」
「…最初からそう言えばいいんだ」
ぐしゃっと頭を撫でられる。大きい手のひらが頭から離れてちょろちょろと周りをウロついていたら危ないからとリビングに追い出された。心配性め。

「今誰がいるの?」
「俺とリゾットとホルマジオ」
「ふーん」
珍しい組み合わせじゃん。まあ別にいいけど。リビングの窓を開けてタバコを吸っていたらホルマジオが入ってきて、並んでタバコを吸い始めた。
「アンタらもしかして毎日リゾットの朝ごはん食べてるの?」
「んなわけねぇだろ。今日はたまたまだ」
「だよね、びっくりした」
ケラケラと笑ったり、こないだの仕事の話をしたりしていたらリゾットが皿を持ってリビングにやってきた。タバコの火を消してソファに座ればコーヒーも入れてくれたので、一口飲んでから食事を口に運ぶ。ふわふわのオムレツはバターがたっぷりで口の中で蕩けた。
「はぁ〜…おいしい〜」
下手なお店で食べるよりおいしいなぁ。ぱくぱくと口に運ぶ姿を見ていたリゾットが「そんなに急いで食べたら喉に詰まらせるぞ」と言ってきたので、ハッとして一度フォークを置いて口を拭く。
「がっつくなよ、犬かオメェはよォ」
「うっさいなぁ。いいなぁホルマジオは毎日リゾットのご飯食べれて」
「毎日じゃねェって言ってんだろ」
「はいはい」
カリッカリに焼かれたベーコンのじゅわっとした脂すら美味しく感じるんだから凄い。

食事を終わらせてコーヒーを飲んでいると、リゾットが一度退席して封筒を持ってきた。
「ここで確認してもいい?」
「ああ、構わん」
渡された封筒からお金を出して数えれば確かに連絡のあった金額通りだ。持っていたカバンにソレを仕舞った。
「にしても珍しいなナマエがこんな朝に来るなんてよ」
誰ん家からだ?とホルマジオが下世話な話を振ってくるので「うっ」と返答に困ればリゾットとギアッチョが首を傾げる。
「言葉に詰まらすってこたー珍しい相手だろ?誰だ?ナランチャはこないだやらかしたってペッシが言ってたし、あと手出してねェのって言ったら…」
なんで私がナランチャとヤった話を勝手に話してんのよペッシ。次会ったら出会い頭に嫌がらせとしてキスしてやろう。
「18以上だともういねーか?」
「そうだな」
ギアッチョがリゾットに話を振って頷く。そんなに知りたいもんだろうか、はぁ、と息を吐いて言うべきか悩む。いや、ジョルノと寝たからってここにいる人間が「贔屓」とかいうことはないだろうけど。
「…ジョルノだろうな」
「うっ…!」
「アッハッハッハ!テメー本当にジョルノとヤったのかよ!」
「おいおいナマエ!お前18以下には手ェ出さねぇんだろ!どういうことだよ!」
「あーもう耳元で叫ばないでよギアッチョ!」
ぎゃんぎゃんと盛り上がる下世話な話題に耳を塞ぐ。
「お前は本当に変わらないな」
「…褒められてるの?貶されてるの?」
「これは貶されてるな」
「ぜってーそうだ」
リゾットの言葉にゲラゲラ笑う煩い2人を睨んで、カップに残っていたコーヒーを飲み干した。同じようにカップに口をつけたリゾットが思い出したように言った。
「ギアッチョ、ホルマジオ、今日はこれからローマでプロシュートとペッシと合流で仕事だったろう。時間は?」
「おっと…そうだった」
「あのジジイ時間にうるせーからな」
時計を見れば10時の10分前で、2人がソファから立ち上がり「またな」と言いながらリビングを出て行く。残された私とリゾットの静かな空間には、先ほどの下品な話題だけが残ってしまった。
「…最近ブチャラティとはどうなんだ?」
「急になによ…」
話題の関連性もないじゃない。空になったマグカップを手で持ちながら見つめる。騒がしかった空間とは打って変わって静かになりすぎて、なんともまぁ気まずい。
「いや、相変わらずなのかと思ってな」
「…相変わらず、よ」
「そうか」
コーヒーを飲み干したのか自分のマグカップと、去っていった2人のマグカップを持ってキッチンへ消えたリゾットを見つめてため息をつく。相変わらず、だ。誰がどう見ても、私たちは付き合っていない。倒れて心配かけたばかりなのに、病み上がりで早速別の男と寝ているような私になぜこんなにも優しくしてくれるのだろうか。…元々か、彼は懐に入れた人間には誰にでも優しいからな。
「ナマエ、手伝ってくれるか」
ぼんやりとしていたのをリゾットの声でハッとして振り返る。
「あ、うん!ごめんごめん、私洗うよ」
いくら悩んだところで答えは聞かない限りハッキリわからないのだ。それはもうずっと昔から変わらない。

「さっきは余計なことを言ったな、すまない」
ぼんやりとしていたからか隣で食器を拭いていたリゾットが急に謝ってきたので一瞬呆けてしまった。
「さっきって…どれのことよ」
思わず笑いがこみ上げる。ジョルノって言い当てたこと?それともブチャラティとどうかってこと?そう聞けば困った顔をした。
「どっちもか」
「どっちもだね。私の覚悟が決まれば聞いてしまえるんだけど」
中々無理ね、こんなに長く関係が続くと聞く勇気なんてないもんよ。
そう言って蛇口を閉めた。私の少しずつ増える気持ちも、女としての消えない欲も、優柔不断でフラフラ生きてるのも、こうやって水道みたいに止まればいいのに。リゾットが何も言わずに頭を撫でてくれて優しさに悲しくなった。普段優しくされるのはとっても苦手だ。
「はぁ…」
思わず涙が出てしまって、自分自身びっくりしてしまう。溢れてくる涙を指先で拭いたリゾットに甘えるように寄りかかれば「どうしようもないなお前は」と背中も撫でられた。
「…売られかけて、パッショーネの人間に助けられて育てられて、気づいたら私も当たり前のようにこの世界の人間になってた。優しすぎる世界は後が怖いの」
「…」
「ジョルノは私を賢くて強かだけど臆病で幼い、と言ったわ。リゾットもそう思う?」
「…そうだな。お前はいつまでも幼いし臆病だ」
「リゾットがそう言うなら…そうなのかもね」
不思議と貴方に幼いと言われるのは嫌な気分にならないわ。そう言って、背中に手を回して身を任せて抱きしめれば筋肉質な肌が頬に触れて暖かさに顔が緩む。
「…もしかして私は肌がくっ付いてわかる暖かさしか、信用できないのかもしれない」
頭上でため息が聞こえて、私を抱き上げた。
「自分が思ったことが本当になると俺は思うぞ」
「…さすがリーダー様はアドバイスが違うね」
ソファに連れていかれて優しく座る形で降ろされた。完全に今ので分かってくれたのにと思って拍子抜けし、見上げれば優しい顔で微笑まれる。

「…お茶を淹れるか」
ワザととぼけてそう言ってるのか、それとも本当にわかっていないのか、この男は難しい。
「…ううん、ねぇキスして」
離れていこうとする体温が寂しくて、手を掴めば振り返り困った顔をするリゾットに心が踊った。
「…そう言うと思ったから逃げたんだが」
「…逃がさないよ、だって私ジョルノ曰く強からしいからね」
昨夜のせいで残る身体の重みなんか忘れてしまうくらい、今は心が重くて苦しい。ソレを治す方法はこれしかないのを私はよく知っている。