ジョルノに迫られるのは毎度のことだけど、今回はグラっとしてしまった。理由は簡単で、あんなに切なそうに懇願されたからだ。きっとあれは計算ではないだろうから尚更。良い男に迫られるのに悪い気はしない。
「(けど、私も感情的になったものだな)」
情けなくもあり、くすぐったくも感じる。鼻歌が出てしまうほど気分の良いことだったと思った。

さて、仕事の方を進めないといけない。手元に広げた資料を見つめながら、タバコに火をつける。プロシュートの報告ではローマも古い拠点だった、イルーゾォの行っていたフィレンツェもハズレ、痕跡という痕跡はほとんどなくてどんずまり、といった所だけど…。報告書の中にひとつ、私たちでなければ痕跡にもならないものが紛れてた。思わず笑みが浮かんでしまう。手はすぐに彼の番号へダイヤルを押していて、受話器越しに彼が出た。


暫くしてから家のインターホンが鳴ってドアスコープを覗くと見慣れた男の姿が見えたのでドアを開ける。
「チャオ、メローネ」
「やあ、こないだぶり」
「まぁ立ち話もなんだから上がってよ」
「そうさせてもらう」
自宅にあげてソファに座った男に用意していたお茶を出す。書類と、密閉袋に入ったブツをテーブルへ置いた。
「これ、拠点に残っていた血痕なんだけど」
「例のヤツかい?」
「そー」
密閉袋を持ち上げて「ふーん」と言いながら眺めるメローネが笑った。
「それで俺ってことか」
「そう、今わかってる拠点は全部調べたけど全滅だった。ジェノヴァに残されたこの血だけが頼りなのよ」
「これがそのネズミたちのものっていう根拠は?」
「ない」
視線が合い、無言の空間が生まれる。
「…まぁいいさ、ボスがそう言うんだろ」
「うん、結構お怒りみたいでね」
「……ナマエは?」
「私?私は…」
子どもが拉致されて外国に売られたりしていると聞いて少しも動揺しなかったわけではない。それでも、なんとなく納得してしまった自分もいる。困ったな、と眉をひそめた。
「…私も…怒ってるよ」
「あっそ…じゃあさっさとやろうか」
「うん、『母親』はこっちで用意しといた」
相性とかはごめんわからないけど。と言えば、メローネがカップに入った紅茶を飲み干して立ち上がる。
「いいよ、どうせ追いかけるだけなんだろ?」
「うん」
今朝借りてきたレンタカーのキーを持って家を出る準備をして、家をでる。車に乗り込んで『母親』にする女を保管している倉庫へ向かった。


例の血痕と、『母親』を使いベイビィ・フェイスによって息子を作り出しす。終始メローネは不服そうな表情をして、息子の教育も済んで車に戻ったところでため息をつかれた。
「母胎にする女はさ、もっと健康的にしといてくれよ」
「ああ、ごめんごめん。別件で捕まえといた女だったから」
別件で法では裁けないことをしていた女だったので、メローネのスタンドに使おうと私がこっそり匿っていたのだ。車の中でタバコを吸っていると、メローネが目を細めて顔を近づけてきた。
「…なに」
「うん、ナマエを母親にしたら良い親になりそうだ」
「させないわよ」
「ああ、知ってる。でもそう思わないか?あの女を匿ってるの、ジョルノにもブチャラティにも言ってなかったんだろ」
「…」
いくら悪いことをして、法で裁けない女だとしても『母親』として残しているのをジョルノやブチャラティはどう思うだろうか。何も言わないかもしれないし、幻滅するかもしれない。自分では測れない相手の考えに思いを馳せても仕方ないし、無神経にも詰め寄るメローネを睨めば驚いたとでも言うように目を丸める。

「良い顔するじゃないか、で?何が神経に触ったんだ?」
「距離が近い……あとは自分で考えなさいよ」
「冷たいな…あ、息子が見つけたみたいだぜ」
「おーけー…じゃあ向かうわよ」
サイドブレーキを上げて、セレクトギアを変え、アクセルを踏んだ。私の機嫌は車のようには切り替えられないみたいだった。


指示通りに運転してついたのはモンドラゴーネで、車を止めて隣に座りブツブツと呟く男に声をかける。
「…母親の体調があんまり良くなかったからな、しょうがないけどこれじゃあ弱すぎる。相手がただの人間だから戦えるけど逃げられる可能性もあるな」
「場所さえわかればいい。人数は?最悪応援を呼ぶわ」
「人数は室内に8人だな」
「8人か…」
モンドラゴーネならネアポリスからも1時間くらい、最悪誰かを呼ぶこともできるけどどうしようかな。唇を噛んで考えているとメローネがベイビィ・フェイスを見ながら驚いた声を上げた。
「なによ…心臓に悪いわ」
「こいつらまた移動する準備を始めてる」
「嘘でしょ」
3日も留まらない。とベイビィ・フェイスの画面には追っている奴らの会話がそのまま送られていた。今日はその3日目だったようだ。ジョルノに連絡しないといけない。
「携帯貸して」
「ナマエはまだ買ってないのか?」
「いつでもどこでも電話かかってくるなんて煩わしいし、仕事のことは電話じゃあ話さないもの」
「…ほら」
不服そうなメローネから携帯電話を借りてジョルノに連絡をすると、少し考えた後に突入して1人確保の残りは始末していいと言われた。

「1人確保のあとは始末で、だって」
「冗談だろ、今回の息子じゃあ一気に消せるのは今のところ3人だ」
「…残りの5人は私がやる」
シーンとした車内に緊張感が走るけど私のため息でメローネも諦めた。
「やるならさっさとやるか」
「うん…」
ドアを開けて奴らが潜んでいる家へ向かった。


扉を開けて、男たちをベイビィ・フェイスの息子と倒して息を吐いてからパソコンへディスクを入れファイルのコピーを始めた。その間、ぼんやりと動きを固め心臓を一刺しした男たちを眺めていたら顔を見て背中が凍りついた。
「…なんで…」
15年も前に見た顔だ。もう死んでいるけど、フラッシュバックのように幼い頃の映像が頭に流れ込んできた。その瞬間私の意識は一瞬切れた。

「…ナマエ」
「………」
「ナマエ!」
はっとして顔を上げれば目の前には血溜まりができていて、私は肩で息を吐いて座り込んでいた。メローネに肩を叩かれるまで意識がボーッとしていたなんて、震える手で自分の口を押さえて吐き気を抑える。
「どうしたんだ」
「…私…この男を知ってる…」
「まさか…」
惨殺した死体は顔にナイフが何回も突き刺してあり、もう誰だかわからない状態だった。困惑するメローネが私の肩を掴み顔を近づける。
「ナマエを売った奴らってことか!?」
「わからない…でも…っ…組織に不利益だからって、…ずっと昔に消したはずよ…」
今、ここで私が殺したのに。もういないのに。ガタガタと恐怖に震える身体を抑えるように抱いていると、メローネがそのまま肩を自分の方に引っ張った。
「落ち着けナマエ、今もうそいつは死んだ。もう動かない」
「…うん」
「それに今は俺もいるし、もうすぐジョルノたちも来るから」
「…うん」
過呼吸になりそうなほど乱れた息を整えるように目を瞑ってメローネに寄りかかり、腕の暖かさに安堵した。肺が、苦しい。背中を撫でるメローネの手のひらに安心感が増して、ピンっと張っていた糸が緩んだのか意識を失った。