そのまま横で寝てしまったアバッキオの頭を撫でれば、眉間にシワを寄せて煩わしそうな顔をした。ベッドから降り、脱ぎ捨てた服を拾い浴室へと足を進める。あいにく、昨晩ふかふかのホテルのベッドでぐっすりと寝た私は、腰の重みや倦怠感はあれど眠気はないのだ。

シャワーを浴びて、適当にタオルを借りルンルンと部屋に戻ったタイミングで電話が鳴った。とぅるる、と鳴る電話を目の前に出るべきか否かと悩む。家主は先程夢の中へ落ちてしまったし、出ることは暫くないだろう。勝手に出るのも気が引ける。
「どうしたものかなぁ」
少しだけ考えているとコール音は一度止んだが、すぐにもう一度鳴った。2度も連続でかけてくる、ということは急ぎの用事ということで組織関係の何かなのだろう。申し訳ないと思いながらも受話器に手を伸ばし、耳に当てた。
「…もしもし?」
「…ナマエか?」
「ブチャラティ?」
電話越しの声は聞き覚えのある男で、一瞬ドキッと心臓が鳴る。ブチャラティもびっくりしたようで少し間を挟んでから「アバッキオはもう寝てるか?」と聞いてきた。

「寝てるよ、何か急用だった?」
「少しな、でも起こすほどじゃあないから気にしないでくれ」
「そう?」
『なんでアバッキオの家にいるんだ?』なんて野暮なことは聞いたりしないブチャラティだからこそ、微妙な空気が流れ受話器を置くタイミングを逃してしまった。
「…そういえばジョルノからの連絡は見たか?ナマエに仕事があるらしい」
「え…メール見てなかった。確認するけどアバッキオが寝てるから私、家を出れないよ」
そう伝えると「合鍵を持ってるから迎えに行く」と言われ、なんでブチャラティがアバッキオの家の合鍵持ってんの、なんてことは突っ込まずに了解、とだけ返事をした。

電話が終わり30分ほどで部屋のインターホンが鳴りブチャラティが部屋へと入ってきた。
「お迎えありがとうブチャラティ」
パタパタと走って玄関に向かい、申し訳なさそうに言えば少しだけ眉をひそめたブチャラティが立っていて首をかしげる。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。行こう、ジョルノが待ってる」
「うん…」
珍しく目線を合わさずに背を向けた男の後を黙ってついて行き、車の助手席に乗りこんだ。いつもなら割と会話があるのに、今日という日に限ってはなんとも言い難い空気がどうも気になる。
「…私なんかした?」
「…なんでもない」
一応聞くが一言そう返答され、前を見て運転するブチャラティにムカムカと胃が痛む。その態度、気になるじゃん。はぁ、とため息をついてタバコに火を付ける。吐き出した煙のおかげか、少しだけイライラが解消された気がした。


結局ほとんど口を聞かずにアジトへ入れば、書類を見ていたジョルノがこちらに気づいて目線を上げた。
「ブチャラティ、ナマエ、お休み中すみません。1つ頼みたいことがあって」
「ああ、気にするなジョルノ。今動いてるアレだろ」
「さすがブチャラティ…話が早いですね」
「?」
ちんぷんかんぷんな会話の流れに顔をしかめるとジョルノが、私を見た。
「リゾットに頼んでいた件です」
「あー…なんか最近勝手にシノギをしてる弱小ギャングのこと?」
「そうです、弱小だと思ってたんですけど調べてみたらアメリカの方に闇取引で子どもの売買が行われてるみたいなんですよ」
「今の時代に子どもが?」
ぴくりと頬が引きつりジョルノに聞き返す。隣にいたブチャラティは何も言わずに頷いた。

「それでそこをなんとか潰したいんですけど奴らが逃げるのがお得意で、一箇所に留まらなくて困ってるんです」
「ふーん」
「それで俺とナマエが探るってことだ」
「探るって…侵入するの?」
「痕跡探しですよ」
渡された紙に書いてある住所を見てネアポリス郊外にある一軒の家だということはわかった。痕跡探し、と言われ頷く。

「もう誰もいないとは思うんですが、次の拠点の足取りを探して欲しくて」
プロシュートがローマに潜ったのも別の拠点だったところから足取りを掴もうとしている、と言ったところだったのだろう。渡された紙を受け取りポケットへしまった。
「わかった」
「ブチャラティだけでも大丈夫かとは思ったんですが、2人組の方が何かあっても都合がいいですし、手が空いてるのがナマエだけだったので」
くすっと笑うジョルノに「今日の私の休みは?」と聞くと、目をぱちぱちと瞬きさせてそれはもういい笑顔で「最近よく遅刻するのをコレで免除するって言ってるんです」と言われた。隣のブチャラティからも冷ややかな視線を感じ、いや半分は貴方だからとは言えない空気に冷や汗がダラダラと流れる。
「じゃあ2人ともお願いしますね」
無情なボスの微笑みに私は肩を落とした。

車に戻り地図に書かれた住所へ向かう。以前車の中は静かで、居心地の良さは感じなかった。
「この件、聞かされてなかったのか?」
「詳しくはね」
「…ジョルノもナマエのことを思って言わなかったんだ、気にするな」
突然いつものように優しく頭を撫でられ、う、と不機嫌だった心が和らぐ。別に私が不機嫌なのは隠されてたことじゃあないんだけど。
「ブチャラティの機嫌は直ったの?」
「…直ってないな」
「なんで怒ってるの」
「…」
また黙り込まれて、私の眉間にシワがよる。
「私が不機嫌だったの、別にこの件を知らなかったってわけじゃあないわよ」
「わかってるさ、でも俺の機嫌が悪いのは仕事には関係ないからな」
「じゃあなに」
信号が赤に変わって車が止まる。前を見て運転をしていたブチャラティが私を見ずに、眉をひそめて「…少しだけ妬いたんだ」と言った。
「え…?」
「ナマエが俺以外にも頼るところがあるのに妬いたんだ」
「…なにそれ…」
『妬いた』だとか、そんな言葉が今更出てくるとは思わなかった。ドキドキと音を立てる心臓を抑えつけるように手でぎゅっと胸あたりを握れば、信号が青に変わり車が動き始める。
「…ブローノはずるい」
「…」
仕事中には呼ばないファーストネームで呼んでも何も言わない男にむしゃくしゃする心の真理を、彼にはバレたくないと思った。


書かれた住所の場所につき、空き家に入れば家の中は何もなくて、少しだけホコリすらかぶっていた。痕跡は何一つ見つからず、がっくしと肩を落とす。
「無駄骨、か…」
「戻ってジョルノに報告しよう、こっちは古い方のアジトだったのね」
「みたいだな」
物を触るたびに指先に着いたホコリをハンカチで拭いて、部屋を歩いて見渡すがこれといって痕跡のようなものはない。残されていた家具は椅子やテーブルで、特にブランドでもなんでもないそこら辺で買えるものばかりだからどんな人物がメインで住んで居たのかも推測できない。
「当たりはローマかな」
「戻るか」
「うん」
到着して30分ほどで空き家から出て止めていた車へ向かう。
「このあとの予定は?」
「何もないよ、家に帰るつもり」
久々に自宅に帰るのもいい、ここ最近は人と触れ合ってばかりだったし。ジョルノの待つアジトへ車を走らせながら車内の空気は未だに微妙で、会話のない空間に早く到着しないかなとすら願った。じれったい空気にはぁとため息をついた。
「…『うちに来るか』って聞かないの?」
「…言えない気持ちもわかるだろ」
「意地っ張り」
「そう言うな、俺だって思ってる」
ふっと笑うブチャラティに呆れて、車が信号で止まったタイミングでセレクトレバーに置いていた手に自分の手を重ねる。
「ねえ、言わせるつもり?」
「…負けたよ、…うちに来るか、だろ?」
「ふふ、しょうがないなぁ行ってあげる」
やっと解けたように緩やかになった空気は私の好きな空気で、張っていた緊張感が無くなる。少しだけ笑いあった後に、ブチャラティがこちらをじっと見つめた。
「けど一つ言っておくぜ、優しくはしないからな」
「…驚いたブローノからそんな言葉が出てくるなんて」
「…他の男と比べるなよ、また妬いちまう」
頬にキスをされて車が静かに動いた。