第3話:仗助とお片付け


アンジェロを倒した後、承太郎さんは報告書を書くからとホテルへ帰ってしまった。朋子さんが帰ってくるのが今夜だからと、慌てて家の中に錯乱していた物を仗助と一緒に片付ける。屋根にされた細工などを仗助が直しつつ、私は承太郎さんが蹴った加湿器を片付けたり、水で濡れた床を拭いたりと2時間ほどかかった。

「一難去ってまた一難、って感じだね…」
先程の承太郎さんから聞いた話を思い出して、アンジェロとの戦いが終わったのに今度は学生服の男ときたものだ。高校に入ってから…と言うよりは承太郎さんと出会ってから私たちには休まる暇がなく事件が起きている。
「そうだな…」
疲れたのか椅子に座り込んだ仗助がため息とともに言葉を発して、苦笑いをする。
「…にしても夏、あんま危ないことすンなよ」
残っていたミネラルウォーターで沸かしたお湯でコーヒーを淹れて差し出せば、仗助が少し低い声で言った。

「…ごめん」
「怒ってるわけじゃなくてよ…その…心配すんだろ」
「…わかった…でも、仗助も無理しないで欲しい。…私はさ、仗助が近くにいてくれればちょっとした怪我なら治して貰えるけど、仗助が怪我しても私は何もしてあげられないから…」
ゴム手袋を飲み込んでいたから仗助の口の中へ入っていったアンジェロのスタンドを捕まえれたけど、あの時の恐怖にはもう懲り懲りだ。二度と味わいたくない。
「すごく…怖かったの。仗助の口にアクアネックレスが入った時、恐怖で死んでしまうかと思った」
「悪かったって、何も言ってなくて」
少し反省しているのだろう困りながら笑う仗助の大きい手が私の頭を撫でた。緊張の糸が張り詰めた3日間が終わり。もうアンジェロのスタンドに警戒しなくてもいいと改めて分かってホッとする。ホッとしたと同時になんでか鼻の奥がツンとした。
「…オフクロ帰って来るまで上に居っか」
「…うん」
泣きそうな私に気を効かせてくれた仗助に甘えて、仗助の部屋に行くことにした。
「タオル持ってくっから先部屋入っとけよ」
「大げさ…でもありがとう」

階段を昇って仗助の部屋へ入る。いつも通りベッドへとりあえず座ってみると、ふわふわとした柔らかさにドッと疲れが襲ってきた気がして横になる。そういえば入り慣れた仗助の部屋とはいえ、さっきの戦いでアドレナリンが出ていて感覚が冴えてるのか、仗助の匂いと香水の匂いが混じった香りに気づいてしまった。

「(無性にどきどきしてきた)」

なんか悪いことをしているような気分になる。ベッドに沈む感覚は重いのに、鼻孔を擽る香りは疲れを穏やかにさせるような安心感に満たされる。…仗助に抱き締められてるみたいだ。こないだおじさんが亡くなった時は抱き締めてあげたからあんまり分からなかったけど、子供の頃と比べて大きくなった身体を想像してドキドキする。身体、固かったな。筋肉と骨がしっかりしてて、脂肪ばかりの自分の身体とは全然違った。
「(ほぼ妄想…)」
悲しきかな、抱き合ってキャッキャしてたのなんて10年以上前の話になってしまうし。実際はベタベタ触ってないから今想像している仗助の身体はあくまでも妄想なのだ。気持ち悪い話だけども。


「夏、寝てんのか?」
ガチャっとドアが開いて仗助が部屋に入って来た。身体を起こそうとしたのに、思っていたよりここ最近張り詰めていたのか身体が重くて金縛りのように動かない。
「夏?」
「(ええいっ!寝たフリをしよう)」
どうせ朋子さんが帰ってくるまでの数時間、休むつもりだったし。そのまま目を瞑って寝転がっていると仗助が、ベッドに腰掛けてこっちをジッと見ているような気がした。
「…爆睡かよ」



緊張の糸が切れたのか泣き出しそうになったり、泣かれてるところにオフクロが帰ってきても困るしで慌てて部屋に入れたら、今度は人の気も知らないで俺のベッドに横になって静かに寝ている夏。
「…爆睡かよ」

布団に沈み、寝ている顔を覗けばここ最近よく寄せていた眉間のシワが伸びている。その穏やかな表情にホッとして、とりあえず柔かい頬を突いてみたが全く反応はない。疲れてたんだろうな。と申し訳なさすら覚えた。本来ならあまり夏には関係のないはずのことだったのに。たまたまコンビニ強盗の時にも居合わせてしまって、たまたまじいちゃんの死に居合わせてしまったから巻き込まれたといっても過言ではない。
「…悪かったな」
サラサラの髪の毛を撫でると指の間をするりと髪の毛が逃げていった。ふわりとシャンプーの匂いがして、そういえばさっき片付けの後に入っていたと思いながらふとヨコシマな考えが頭に浮かんだ。

「(そういえば柔らかかったし細くなった…)」
じいちゃんが死んで、怒りの矛先を、行き場のない焦燥感に困っていた時に夏が子どもの頃みたいに抱き締めて頭を撫でてくれたのを思い出す。抱き締められた時は何も思わなかったけど、胸とか腕とかが柔らかくて、俺の頭を優しく撫でた指は細くてすぐ折れそうだった。それなのに、アンジェロの前に立ち俺の代わりに殺すとまで言った。そのギャップに嬉しいやらくすぐったいやらで自然と笑みが浮かぶ。可愛い、と思う。ずっと昔から、そう思っている。

そんな気も知らないで無防備にベッドで寝る夏を見て、はあとため息しかつけなかった。少し開いている夏の唇を見て、心臓が跳ねた。
「(こ、れは…キス、できるんじゃ…)」

いやいや、いくら爆睡の夏とは言え流石にキスまでしたら起きるよな?ていうかバレたら今まで通りの幼馴染関係は築けないだろうし、そもそもそんなのダセェ…自分の欲を否定するが、一度考えてしまうと妄想は加速してしまう。ジッと唇を見つめる。息を吸うために少し開かれたこまめに直しているグロスで濡れた唇が誘っているように思えた。

「(俺の部屋で寝たのが悪ィよな…)」
さっきからシャンプーの匂いがクラクラと判断力を惑わしている気がした。覚悟を決めて、横向きで眠る夏の顔の横に手を付いて、ゆっくり唇を近づける。どんな時よりもドキドキと高鳴る心臓の音に目を瞑って唇を付けようとした。

「仗助ーッ?」
「どわぁッ…」
1階から聞き慣れたオフクロの声がしてベッドから転げ落ちる。
「…んー…」
ベッドから夏の声が聞こえて起き上がって俺を見て寝起きで体温が高いからかいつもより頬を赤めながら「何やってんの仗助」と言った。

「(もう少しだったのに良かったのか?)」
「(今…キス、するところだった…?)」