第4話:虹村兄弟@


件の日の次の日、学校へ行って普通に過ごした。放課後、仗助が掃除当番で、康一くんは図書館で調べごとがあると2人とも消えてしまった。2人と帰る予定だったので手持ち無沙汰となり慣れない校内を探索しようとうろちょろする。
「あの…一条さん」
「…はい?」
廊下で見知らぬ男子生徒に呼び止められて振り返る。高校に入ってからも目立つ仗助とベッタリだからか、他クラスの女子(仗助親衛隊)には睨まれるし、よくわからないけど冷やかしの男の子には声かけられるしで最悪。しかも狙ったかのようにみんな私が1人だと声をかけてので、きっと彼もその類いだろうと恐る恐る振り返る。

「…その…」
「?」
「実は…あの…」
「??」
目の前の男の子が目線をきょろきょろとさせながら自信なさげに発言しようとしつつ、申し訳なさそうに口をつむぐ。なんだろう、言いづらいこと?普通だったら告白かなーって思うけど、流石に自意識過剰な気もする。

「ごめん、私何かやってしまいました?」
素直に非を認めたほうがいいかもしれない。心当たりはないけど、きっと何かやってしまったんだろう。告白とか調子のいいこと考えたけどそもそもこの男の子となんら接点がない。
「あ!違くて、俺、その、一条さんのことす…」
あ…これ、私の勘違いではなかった。告白だ。ハッとして、咄嗟にどうしようかなと仗助が頭をよぎったところで聞き慣れた声が聞こえた。
「夏、何してんだ?」
「仗助!」
「ひ、東方!」
振り返ると仗助が立っていて、じろりと上から下まで男子生徒を見つめる。

男子生徒も決して小さくはないんだけど流石に仗助よりもは小さくて、睨まれたと勘違いしたのか子犬ように震えていた。ていうか仗助もタイミング良いんだか、悪いんだか。
「少し話をしてただけだよ」
「…邪魔して悪かったな、もう終わったか?」
当たり前のように私の横に並んでキョトンと声をかけてくるので、「うーん?」と男子生徒に返答を求めると「今日は…その…大丈夫です…」と言われた。

「じゃあ帰ろーぜ、康一は図書室らしいしよ」
「うん、じゃあまたね」
「あ、はい…」
スッと私の背中を抱くように手のひらで押して男子生徒の横を通り過ぎる。これも思い違いじゃなければ嬉しいけど、仗助がヤキモチ妬いてたらいいなと思った。ちなみに、その仗助が後ろを振り返って彼を睨んだのを私は知らない。



「なぁ康一、放課後まで勉強か?帰ろーぜ」
「康一くん!かーえろっ!」
「あ、うん…!」
図書室のドアを開けて、キョロキョロと見回すと机に向かって何かを書いている康一くんがいた。静かにしないといけない図書館に2人で何も用がないのに入るわけにもいかないし、ドアから軽く声をかける。思い詰めたような顔をしていたけど、こっちを振り返った時にはいつも通り明るい表情をしていた。



学校から出て話しながら歩いていると、あのアンジェロを封じた?融合した岩の前に差し掛かる。何度見ても気持ち悪い顔?柄だ。
「よっ、アンジェロ」
「やめなよ仗助…」
からかうように声をかけ通りすぎた仗助の背中を軽く叩く。あんな奴に挨拶しなくてもいいのに。あ、でも岩になってるしもう意思はないのかな?

「えっあれ?ねぇっ、こんな岩あったっけ?」
「ん?あぁ、最初はこんな風じゃなかったけどな」
「最初…?」
「まぁまぁ気にしない気にしない!」
「夏ちゃんまで…なんか引っかかるなぁ……まぁいいか、よっアンジェロ」
康一くんも仗助の真似をしてアンジェロ岩に声をかける、変な声が返答のように聞こえた気がした。

「ところでさ、承太郎さんはどうしたの?」
「ん?あぁ、あの人はちょっと調べることがあるってよ」
「しばらくはあのグランドホテルに泊まるみたい」
「やっぱり、この街のこと?」
「関係はあるだろうな」
「そっか…」
康一くんが納得したのかしていないのか、曖昧な返事をしてそのまま歩き続ける。昨日の音楽番組の話やら、こないだ食べたカフェのパフェの話をしつつ帰宅へ足を進める。家までもう少しのところで見慣れた廃墟みたいな家の前を通り過ぎようとした時、康一くんが声を発した。

「…あれ?仗助くん、夏ちゃん」
「ん?」
「どうしたの?」
少しだけ気になったように空き家を見つつ康一くんが前を歩いていた私と仗助に駆け寄る。
「たしかこの家3~4年ずーっと空き家だよね?」
「ああ、こうも荒れてちゃァ売れるわけねえぜ、ぶっ壊して立て直さなきゃあな」
「いや、でも誰か住んでるよ、引っ越してきたんじゃない?今窓のところに人がいたんだよ」
「そんなはずはないな、俺ん家も夏ん家もあそこだろ、引っ越してきたならすぐわかるぜ。それにホームレス対策で不動産屋がしょっちゅう見回ってンのよ。な、夏」
「そうだねぇ…人が越してきた感じは最近なかったよ」

少しだけ開かれた門の前に行き康一くんが家を指差す。仗助も言ったけど、ここはウチや仗助の家から目と鼻の先にあるのだから、誰かが引っ越してきたら流石に気付くはずだ。ここら辺はホームレスの人たちもあまり来ないし。

「うーん…言われてみれば確かに…おっかしいなぁ、幽霊でもみたのかなァ…僕」
「お、おい…変なこと言うなよ…幽霊は怖いぜ…俺ん家の前だしよ…」
「あはは…」
そっぽを向く仗助に苦笑いをして背中を叩く、康一くんが少し開いた門から顔を覗き込んでいたがここは空き家だし人はいないと家の方へ私も歩き始めた瞬間だった。

「あ…ぐえェッ!!ぐぁ…っ」

「「ッ!?」」
「人の家を覗いてんじゃねーぜ…ガキャア!なんか言えよゴルァ!」
呻き声が聞こえて振り返ると康一くんが門に挟まれていて、見知らぬ男の人が足で門を無理やり閉めていた。
「康一くん!?」
「康一ッ!オイ!いきなり何してんだテメー!」
「あぁ?そいつァこっちのセリフだぜ…人ん家の前でよォ…」
慌てて駆け寄ろうとして仗助に手首を掴まれる。
「っ」
「落ち着け夏。テメー…イカれてんのか?離しなよ」
ぎろりと睨むように見知らぬ男を見るけど、男も慣れた様子で仗助を見る。ピリピリとした雰囲気に唾を飲み込んだ。

「この家はおれの親父が買った家だ!妙な詮索はするんじゃねぇぜ…2度とな」
「ンなことは聞いてねーすよ、テメーに離せと言ってるだけだ。早く離さねーと怒るぜ」
「オイオイ、テメーはねえだろ…人ん家の前で、それも初対面の人間に対してテメーはよぉ…口の利き方知ってんのか?」
「ちょっと!!!やめなさいよ!!」
ギリギリと足に力を入れたのか門が更にぎゅっと閉まった。康一くんはまだ呻き声を上げているので大丈夫だろうけど…それも時間の問題だ。
「テメーの口をきけなくする方法なら知ってんスけどね」

その瞬間何かが家の屋根の方から飛んできて康一くんに刺さった。

「何ィッ!?」
「っ…」
「ッ兄貴ィ!?」
矢!?飛んできた矢が康一くんに刺さったのを見て声にならない悲鳴を上げる。咄嗟に男も屋根の方を振り向くが、木でバリケードのように封鎖しているところに人影はみえるけど顔はよくわからない。
「なぜ矢で射抜いたか聞きたいのか?そっちの奴らが東方仗助と一条夏だからだ…」
「なんで名前を…っ」
「ほへ〜…こいつらが…」
「アンジェロを倒した奴だということは俺たちにとってもかなり邪魔なスタンド使いだ」
「ッ!?スタンド使いだと…?テメーらスタンド使いなのか!?」
『アンジェロ』『スタンド』という最近聞き慣れた言葉に仗助が反応する。ハッとして、先程の康一くんを射抜いた矢の存在を思い出した。
「ていうことはあの矢はアンジェロが言っていた…」
「億泰よォ…東方仗助と一条夏を消せ!」
門から億泰と呼ばれた男が足を離し康一くんが地面に倒れる。駆け出しそうになった私を仗助が背中に隠すように後ろに引っ張った。

「ひょっとしたらソイツもスタンド使いになって利用できると思ったが…どうやらダメだな…死ぬなソイツ」
「仗助!康一くんが死んじゃうっ!!!!」
「ッ退け!!まだ今ならおれのクレイジーダイヤモンドで傷を治せる!」

「ダメだ」
倒れる康一くんの前に立ちはだかる様に先程『億泰』と呼ばれた男が立った。ゾワっとするオーラを感じて彼を見ると背後に人型のスタンドがぼんやりと現れる。

「東方仗助ェ!!お前はこの虹村億泰の『ザ・ハンド』が消す!!」
「仗助!スタンド!!」
「わーってる!!ッドルァッッ!!!!」
素早く仗助のクレイジーダイヤモンドがカウンターパンチをかまして、男がスタンドごと後方へ後ずさる。
「ッ」
「退かねえとマジに顔を歪めてやるぜ」
「ほう…なかなか素早いじゃん…」
睨み合う2人を様子見しながら康一くんを助ける術を探してきょろきょろと周りを確かめる。

「おい億泰…スタンドというのは車やバイクを運転するのと同じなのだ…能力と根性のないウスラボケはどんなモンスターマシンに乗ってもビビってしまってみみっちい運転するよなあ」
家内にいる男が虹村億泰を笑う様に何か話しているので仗助と顔を見合わせて頷く。この隙に康一くんに近づきクレイジーダイヤモンドで治してココから離れなくては。

「兄貴ィ…あんまムカつくようなこと言わんといてくださいよォ、この野郎予想外のスピードだったもんでよ…」

「遊んでんじゃあねんだぞ!億泰ゥ!!お前が身につけた『ザ・ハンド』はこの俺が思い出しただけでもゾッとするスタンドだ…マジに操作しろよ!アンジェロを倒したその2人…特に東方仗助は今ここで必ずブッ殺せ!そいつは必ず俺たちの障害になる男だ」

「わかっ…ハァッあ!?お、俺が話し込んでる間に!!きたねぇぞ!」
康一くんへ近づけたのでしゃがみこみ指先で動脈の音を確認する。
「仗助!まだ生きてる!早くしないと!」
「おう!」
仗助も駆け寄ってきたが途中で虹村くんが容赦なくこちらに手を伸ばす。

「…お前頭悪いだろ?」
「なに…なんで…ドワァッ!?」
仗助が難なく避けて2度目のカウンターパンチが当たった。本人自体も後方へ吹っ飛んだところで仗助に康一くんを診せて、治すようにうながそうとした。その瞬間、吹っ飛んだ彼が起き上がり飛びかかってきた。

「フリークショー!!!」
地面を歪ませて走ってきた男を転がそうとして、実際彼は躓いたのだけど彼のスタンドの右手がギャオンッと音を立てた。その瞬間何かに引っ張られた様に私は男の前まで引っ張られ地面へと叩きつけられる。

「ッ!?」
叩きつけられたと言ったが衝撃としては転んだ時と代わりは無くてさほど痛みは感じない。すぐに上半身を起こしたがスタンド使いの彼は倒れた私を無視して走って仗助へと突っ込んでいる。

「チッ…許さねえぜ…もう許さねえぜ!!!」
「夏っ!!テメーッ退いてろって言ってんすよ!!」
またもやスタンドの『右手』が仗助に向かって『開いた状態』で掴みかかりに行った。私のさっきの状態から何かを察してくれたのだろう仗助は『開かれた右手』に触らない様にスタンドの手首を掴む。

「仗助!その右手には触れちゃいけない気がする!」

「っぐ…」
脇腹を蹴られて口から血を吐いた仗助を見てなんとかなんないかと投げるものを探す。重しにできそうな…石とか大きくして上から落とせば動きを止められるのに。きょろきょろと周りを見渡すけど投げられるほどのジャストサイズな小石が見つからない。

「右手を離さんかい!ダボがァ!!!」
「仗助ぇッ!!」
数発、仗助が左手と脚で暴行され右手を離してしまった。慌てて虹村くんが後方に倒れる様に地面を歪ませ、そして仗助のいる地面を私の方に滑る様に高低差を作り滑り台のように滑らした。

「サンキュ、夏」
「ごめん、康一くんも滑らせたかったんだけどあの傷じゃあ…」
動かしたら逆にマズイかもしれない。言い切らずとも仗助は私の目を見て頷いた。
「先にアイツをなんとかしねーと」

少し距離が離れて仗助は彼を睨み続ける。
「テメェ…女に守ってもらってんじゃねえぞ仗助ェ!友達見捨ててんじゃねえ!」
「テメーのその右手、何かあるな…?なんかやばいって夏のさっきの転け方を見て直感が走ったんでな…」
「ヘッ…ンなことくたばってから考えやがれ!行くぞォゴルァ!!」

少しずつ近づいてくる彼から距離を取る様に少しづつ後ずさる。どうしよう、私の力では彼のバランスを崩すくらいしかできない。チラッと仗助を見つめれば、目線だけきょろきょろと動かし仗助が何かを考えている。

「後ずさりして間合いとってんじゃねえよタコォ…ダチ公からどんどん離れていくぜ…もっと近づいて来なよ」
「…ひょっとしてテメーのスタンドのその右手、削り取ったんだな!空間を削り取る能力!」

仗助が指を差し、男の背後にあった『立入禁止』の文字が『立禁止』になっていたのに気づく。『入』がなくなってる…。スタンドの能力に気づいたことに男がニヤりと笑った。

「その通りだァ!東方仗助ェ!この右手は掴んだものを削り取ってしまう…そして切断面は…」
パン。手をくっつけ、その音が響いた。
「元の状態だった時のように閉じる。もっとも削り取った部分はこのおれにもどこに行っちまうのかわかんねぇがよォ!」

塀を背にして仗助と一緒に男からの距離をとる。右手に掴まれたら『終わり』だなんて、そんなチートなスタンドがあっていいのだろうか。転ばしたところできっと意味はないだろうし、やるなら仗助とタッグを組まないといけないだろう。

「逃げるやつにはこういうこともできるんだぜェ…」
ガオンッと音がして右手が振られた。
「空間を削り取るッ…するとォ…?」
「ッ夏危ねェッ!」
「ひゃっ!?」
ドンと仗助に横に押されて地面に倒れる。ハッとして顔を上げるとさっきまで横にいた仗助が引っ張られたように、男の前へと引っ張られていた。

「ほォら寄ってきたァ!瞬間移動ってやつさァ!!」

バキッと音がして男の拳が仗助の顔を1発殴り、後方へ飛んだ仗助をまたスタンドで引っ張って2発目の拳を入れる。
「はっはっはっは!これが兄貴も恐れるおれのスタンド!ザ・ハンドの力だァ!もうテメェは逃げられねェぜ!仗助!!!」
引っ張られ、殴られを視界の中で繰り返される。

仗助が、死んじゃう。

ガタガタと震える膝のせいで立ち上がれない。自身のスタンドを地面に叩きつけ男の足元を歪ましたけど、すこしバランスを崩しただけで私まで引っ張られた。
「ッ!?」
「女はよォ!殴らねェ主義なんだぜ!!」
腕を掴まれて軽々しく投げ飛ばされた。地面に身体が叩きつけられ大きい痛みが身体中を走る。
「いッ…」
「夏ッ!」
「仗助ェ!よそ見してんじゃねェ!どこに行こうがテメェはッ!常にッおれの射程距離にいる!」

仗助が殴られる音だけが耳に聞こえ背中のずきずきとする感覚を抑えながらも立ち上がる。
思いっきり仗助がザ・ハンドに殴られ塀へとぶつかった。

その瞬間ぷつんと私の中で何かが切れた。
「ッこの野郎!!仗助をこれ以上殴るなら絶対ぶん殴ってやる!!」
「あぁ?やれるもんならやってみろよォ!」
痛む身体を抑えながらよろよろと男へと走り出した。地面を歪めバランスを崩したところに飛び蹴り。とりあえず地面に倒してマウントを取ってスタンドで触りさえすれば、アンジェロにやった時みたいに身体の一部の大きさを変更できる。

「夏ッ止まれ!」
「ッ」

立ち上がった仗助に止められ走っていた足を止め、奥歯を噛みギリィッと音を立てる。私を止めたということは仗助は既に『何か』を考えついたみたいだ。

「弱ぇ…テメェらそんなんで本当にアンジェロを倒したのか?」
少しだけ仗助が移動してニヤっと笑った。
「…無駄だってぇのがわかんねェようだな…頭悪ィのはテメェだぜ!そして死ねェ!仗助ェ!!」
ガオンッと音を立てて仗助が引っ張られる。殴られることにガードもせずに男と向き合った。

「…やっぱりお前頭悪いだろ」

塀に置いてあった鉢が引っ張られ男に飛んでいく。まっすぐと引き寄せられた鉢を仗助が屈んで避けて男の顔面にバキィッと音を立ててぶつかった。

「グァッ…!!」

「…ふぅ…危なかったぜ…虹村億泰か…かなりグレートで恐ろしいスタンドだぜ」
倒れ込んだ男を見下ろしながら一息ついた仗助に駆け寄り思わず抱きつく。

「仗助!よかったぁ…」
「どわっ!?夏びっくりしただろ!気がついて反撃されると厄介だ…当分気絶したまんまでいるように1発キツーく首を絞めておくかな。コイツの心に敗北感ってやつも植えつくしな…」
物騒なことをいう仗助を横目に康一くんの方を見る。ギィっと音がしたと思ったら康一くんが倒れていた場所におらず、血の跡だけが引きづられたように残っていた。

「じょ、仗助…康一くんがいない…」
「ッ何!?…いい加減にしろよ…テメーら…」
ドアは開きっぱなしになっていて、まるで私たちを誘い込んでいるように見えた。仗助は何も言わずに家の中へと向かっていく。

開かれたドアの前に立つと、暗闇の中に先ほどの屋根裏部屋から覗いていたのであろう男がいた。

「この矢は大切な物で一本しかない…おれの大切な目的だ…回収しないとな」
康一くんに刺さる矢を掴み金髪の男が今まさに引き抜こうとしていた。

「矢を抜くんじゃあねえぞ!出血が激しくなる!」
「ああ?弟がマヌケだから貴様らをこのオレがバラさなきゃならなくなった…となるとこの矢にナンかあったら困るだろ?近所のおばさんに見られたり、折れたりしたら大変だ…几帳面な性格でね…ちゃあんと矢を抜いてきちっと仕舞っておきたいんだ…お前は1枚のCDを聞き終わったら『きちっ』と…ケースに仕舞ってから次のCDを聞くだろ?誰だってそうする…オレもそうする」

ぐちょっと言うグロテスクな音が聞こえて康一くんの喉元から矢を引き抜いた。あまりにも目に余る光景に目を見開いた。横に立っていた仗助が駆け出す。

「ほほう…この屋敷に入ってくるのか」
「考えてモノを言え!入んなきゃテメーをぶちのめして康一のケガを治せねーだろうがよォ!」
「兄貴ィ!おれはまだ負けてはいねェ!!ソイツへの攻撃は待ってくれェ!!」
「っこの人!まだ意識がッ!?」

振り返ると先ほど倒れていた彼が血を流しながら私の横を通り過ぎ仗助へ向かって駆けていく。あまりにも一瞬のことで、ハッとして止めないと、と思考は思ったのに『気絶していた彼』よりも、この家の中にある『何か』の気配に背筋が冷えた。キラッと何かが暗闇から光った。

「何か来る!」
「グァッ!」
仗助の声とほぼ同時に戦争映画で聞いたような連弾の銃撃音が聞こえ目の前で起こった出来事に何も言葉が出てこない。先ほど仗助にノサれていた彼が、仗助を庇うように銃撃音の的となり顔面が蜂の巣のように穴だらけになっていたのだ。

「い、いやぁ…っ」
銃に撃たれた彼のことを許したワケではないけれど眼の前であまりにも悲惨に、ボロボロとなり後方へ倒れかかった彼を受け止める。図体が大きい男を1人で支えるのは厳しいが、このまま地面に倒れてしまうのは可哀想すぎる。兄貴って呼んでるくらいだし兄弟じゃあないの?この2人は。

「億泰…?」
「どこまでも馬鹿な弟だ、お前がしゃしゃり出てこなければ完璧に仗助に襲いかかった。しかも…攻撃の軌道上に入ってくるとはなあ…お前のザ・ハンドは恐ろしいスタンドだがお前は無能だ…無能な奴は側の者の足を引っ張るとガキの頃から繰り返し言ったよな?人は成長して生きる価値ありと、何度も言ったよなあ」
「あ、にきィ…」
「虹村くんっ、意識を絶対に失わないで!仗助早く!」

仗助に早く治してもらわないと、こんな穴ぼっこになってしまっては死んでしまう。自分の1.5倍はあるだろう体重を引っ張りながら玄関に向かおうとするが少しずつしか引っ張れない。
「夏!億泰連れて一旦外出ろ!」
「出来てたらそうしてるッ!!」

ババババババッと音を立ててめちゃくちゃな銃弾が仗助に襲いかかった。それを避けて私と虹村くんの近くに寄る。
「クレイジーダイヤモンド!!夏こっから出ろ!」
壁に穴を開けてくれたので素早く外へ繋がる穴へ飛び込んだ。虹村くんは非力な私の代わりに仗助が掴んだので邪魔にならないようにした。僅差で仗助が虹村くんを引っ張りながら開けた穴から出てきたところで壁は元に戻った。

「ッ」
「仗助っ手が!」
「気にすんなそれよりオメーのケガは!?」
「私は何もない!手出して、細胞の大きさをスタンドで変えて止血するから」
「悪ぃ」
スタンドの能力で仗助の手に空いた穴の周りの細胞をすこしずつ大きく変えて止血した。治す力ではないので応急手当て程度で痛みも残る。それでも何もしないよりはいいと思ったのだ。

「はぁ…チッ…さてとお前の兄貴のスタンドの正体を教えてもらおうか!」
「…まずは治してあげないと…」
「ダメだ、スタンドの正体を喋れば傷を治してやるぜ」
ピシャリと冷たく言われ口を閉じる。顔面を血でべっとりと濡らした虹村くんは歯を食いしばりながらも「誰が…言うもんかよ…ボケェが…」と言い放った。

「やっぱりな…それじゃあしょうがねえなァ!!」
仗助がスタンドを出して大きく腕を振りかざした。殴られると思ったのだろう虹村くんは目を一瞬瞑ったが、クレイジーダイヤモンドの手は傷付いた顔面にかざされ温かい手が傷を癒した。

「これからもう一度中に入るが、邪魔だけはすんなよな億泰…康一にはもう時間がねェからよォ」
「…」
虹村くんにそう言い放ち、私の方を見る。じっと真剣な目で見つめられ、緊張感が走った。

「夏、お前も億泰とここにいろ、中に入ってまたあのスタンドに襲われたら守れる保証がねェ」
「…っそんな私も!」
「ダメだ!攻撃が始まって30分経っても何もなかったら、もしくは攻撃音が止んでからおれが出てこなかったらすぐに承太郎さんに連絡しろ」
「そんな…」
「いいな?夏にしか頼めねーんだ」
「…わかった」
奥歯をギリィと噛んで無力な自分を悔やんだ。



仗助が玄関に近づいたところで虹村くんが仗助に声をかける。
「なんでだ仗助!なぜおれの傷を治した!?」
「うるせえな…後だ後」
「テメーを攻撃するかもしんねェぞ!おれはテメェの敵だぜェ!」

「…やるのかい…」
「テメェの答えを聞いてからだァ…なんで傷を治したおれは頭あんまり良くねェんだからよォバシッと答えてもらうぜェ!それにその手の傷だ!おれを外に引っ張り出す時にやられたんだなァ…?そんなにまでしてよォ…なぜおれを助けたのか聞きてェ…」

「…深い理由なんかねーよ…何も死ぬこたぁねー…さっきはそう思っただけだ」
虹村くんの言葉にはもうすで敵意がない。彼は本当に困っているんだろう。それに仗助のまだ敵だと言うなら、彼はもう攻撃していてもおかしくないのに未だに理由をつけては攻撃を繰り出さないのが目に見えて答えを出している。


スタスタと仗助が屋敷の中に入っていくのを虹村くんが付いて行こうとするので、腕を掴んで止めた。
「止めんなよ!!」
「ダメ、仗助の邪魔は絶対にしないで」
「オメーもだ!なんで助けたァ!?」
「そんなの…」
死ぬなんて、簡単にあってはいけないことだからだ。虹村くんを納得させるような上手い言葉が見つからなくて黙り込んでしまう。
「わかんねェんだよォ!仗助の野郎に直接聞かせろ!」
「あっ…」
手を振り払われ虹村くんが屋敷の中へと入っていってしまった。



「まだ聞くことあンだよ仗助ェ!」
思わず追っかけて少しだけ屋敷に入ってしまったが、階段のところで仗助に追いついたらしい、虹村くんの大きな声がここまで響く。

「っなんだよテメー!頼むから康一を助けさせてくれ!」
「なんでなんだよォ!なんでお前その手の傷を自分のスタンドで治さねェでさっきの女のスタンドで塞いだだけなんだァ!?おれを治したみたいにさっさと治しゃあいいじゃねェかよォ!」
ドキッと心臓が鳴る。クレイジーダイヤモンドの最大の弱点を仗助は言わないといけない。

「…おれのクレイジーダイヤモンドは自分の傷は治せないんだよ」

虹村くんが何も言わずに仗助の言葉を待っていた。仗助が厳しく、それでいて言い聞かせるように言う言葉に耳を傾け見えないところで壁に背を預ける。

「世の中…都合のいいことだらけじゃあねェってことだな。そして何より…死んだ人間はどうしようもない…1つだけ言っとくぞ億泰、もし康一が死んだらおれはテメーの兄貴に何すっかわかんねーからな逆恨みすんなよ、こいつはオメーの兄貴が原因のトラブルだ。わかったな?わかったら外に出てろよ」

死んだ人間はどうしようもない。おじいちゃんのことを思い出してきゅっと胸が締め付けられる。康一くんがあの時みたいに死んでしまうなんて絶対にあってはならないことだ。

項垂れた様子でぼーっと立っている虹村くんを見ながら私は玄関の前に戻った。どうか、仗助が大怪我をせずに戻ってこれますように。



ほんの十数分だった。たった十数分後に虹村くんは玄関に戻ってきて私の顔を一度だけ見て、目線も合わさずに俯いた。
「…康一って奴は助けたぜェ…」
「…そう、お礼は言わないからね」
「別にいらねェ、一度だけ借りを返しただけだおれはもうオメーらの邪魔はしねェし、兄貴にも従わねェ」
「…」

塀に寄りかかり、中から聞こえる破壊音や破壊音に耳を傾ける。この音が止んで、仗助から何もなければ私はここを急いで離れて承太郎さんのところに行かないといけない。

ドォンッ。と大きな音が響いて、家の壁が爆発したように穴が空いた。
「な、に…今の」
「ッ兄貴の…『バッドカンパニー』だッ!」
虹村くんが屋敷に駆け出したのと対照に、私の足は固まる。仗助が私に頼むと言ったんだ、信じて待たないといけない。どうしよう。どうしよう。ギリギリと歯を噛んで鳴らして、息が荒くなる。

「夏ー!」
「っ!!」
大きく空いた穴から仗助の声が聞こえて顔を上げる。額や腕から血は流れていたが表情は強張っていなくて、なんとか虹村くんのお兄さんを倒せたのだろう。ホッとした安堵から慌てて私も駆け出して屋敷の中へと入った。