アネモネ.02


※ディオ視点

ジョースター家へ来た時、生涯をかけて愛し憎むこととなる女と俺は出会った。

その女は桜といい、日本からジョースター家へ教養と勉強のために来ていた。ジョースター卿の知り合いだという日本人の一人娘らしい。

アジア人らしい小柄な体躯と艶やかな黒髪、育ちが良いのか紫外線を知らないような白い肌と赤い唇を見て、不覚にも人に対する「欲」を知った。しかし嘆かわしくも女はとても聡明で、俺の性根にすぐ気付いた。
本性を知りジョジョのように軽蔑し嫌うと思っていた彼女の目は、何故か俺を哀れみ慈しむようになった。それからというもの、いつだって近くに寄り添い無償の笑顔で笑いかけ、ある時は母親のように叱った。いつしか彼女に対する独占欲が沸いて、言いようもない苦しさを覚えてしまっていた。

どうしてこんなにも俺に付きまとうのか、気持ちの悪い感情に答えが出ないまま、あの日を迎える。

ジョジョへの嫌がらせにエリナの唇を奪い、腹いせにダニーを殺したとき、彼女はやっと俺に対する「軽蔑」を見せた。その視線に安堵し、少しだけ傷ついた。

純粋で濁りを知らないその目はじっと俺を見つめ、噛みつきたいと思った赤い唇が開く。「誰も貴方を守ってくれなくなる」突き放されたようなその言葉に、喉まで出かけた台詞を飲み込み、掴まれた暖かい手を振り払う。

「最初から誰かに守ってもらうつもりなんかないッ!」
いい迷惑だ。誰かに借りなど作りたくはない。情ほど愚かなものはないからだ。書庫を出た時に目眩がして目を閉じる。ぽっかりと空いたような喪失感の理由なんてわかってる。最後に桜だけいればそれでいい。飲み込んだ台詞に苛立ちを感じた。


その夜、夢を見た。膝を抱え泣いている桜がいる。泣くな、うっとおしい。隣にしゃがみこみそう言えば、顔を上げまたあの濁りを知らない綺麗な瞳がじっと見つめてくる。
突き放したのはお前なのにそんな瞳で見るな。自分が惨めになるような気がした。

それからぱったり桜はあまり近寄らなくなった。
苛立ちと怒りが常に心を埋め尽くして、不の感情だけになった心に安堵する。それほどまでに桜の存在は生きていく上で明るく甘い存在で邪魔だった。



そんなある雨の夜。突然部屋に桜が訪れる。
「雨の音が窓を叩いて怖いの」
ジョジョではなく俺に助けを求める眼と声を見て、消そうと必死になっていた欲が、波のように戻ってきて、あることにあっさりと気付いた。

『この女を手に入れたい』

彼女の助けを求める眼に覚えた欲は嗜虐心でもなく、優しさや同情心でもなく、愛情や性欲すらを通り越して、ただ『欲しい』という感情だった。それは金や物と同じだった。

そう思えば簡単で、ドアを開け手を引いてベッドへと誘い2人で潜り込み、優しく額に一度触れるだけのキスをした。顔を赤くした桜を抱き締めればふわりと甘い匂いがして、少しだけ『欲しい』という欲が満たされた。

そんな欲を持っていることなんて知ることもなく桜は「こないだはごめんなさい。いつか貴方がみんなから嫌われることになっても、私だけは貴方を理解して一緒にいるから」そう言った。

その言葉に止められない愉快な感情に笑いが止まらなくなりそうだった。愚かな女。お前の敗因は先にこのディオに惚れたことだ。心の中で嘲笑い、先ほどまで喉から手が出るほど欲しいと思っていたモノを下に見た。ジョジョではなく、自分を最初から選んだ桜を腕に抱いて、さっきの言葉を噛み締める。ぽっかりと空いていた穴が埋まっていたのに気づかないほど、桜に惹かれていた。