辺りは一面暗闇で、そこに紛れる私は全身黒ずくめ。幼い頃に里を出てからこの城に仕えている私は、忍者だ。くの一の中ではそれなりに名が知れている方である。
他国からくる、城に紛れ込もうとする忍を返り討ちにするのが私の仕事。五感を常に研ぎ澄ましておくのは最初のうちは疲れたけれど、今はもう慣れた。
あと数刻で夜明けがくる。その光は辺りを照らすだけではなく、交代の合図にもなっている。あと少し、気を抜かずにこの城を守らなければ。

「動くな」
「……っ!?」

物音ひとつたてずに首に当てられたのは、私もよく使う凶器。ちらりと横目に伺うと、くないを持つのは傷だらけのがっしりとした男の手。相手は男か、なんて思うがそんなことはいちいち考えずとも分かっている。
先ほど囁かれた低い声、その持ち主にこうして背中をとられるのは今回が初めてでは、ない。

「…猿飛、佐助……」

忍の中でも気配に敏感だということで、与えられたこの任務。今まで幾人も侵入者を捕らえているにも関わらず、こうして失敗をしているのは彼が有能だから、という理由だけではない。
なぜか、彼の気配にだけは気づけないのだ。

「久しぶりだねー、なまえちゃん」
「……」
「ひっどいなー、無視?そういうの、里にいた時から変わらないよねー」

そう、彼は同じ里出身である。仕える主が違うため、こうして敵対しているが、彼は昔から変わらなかった。そして、私も。里にいた頃から、なぜかこの忍の気配に気づけなくて、何度もいたずらされた。

「…一体、何の用?早く私を殺して城に入ればいいじゃない。それなのに、」
「何、せっかく同郷のよしみで威嚇するだけにしてあげてるのに殺してほしいの?」
「……っ、こうやって!情けをかけられるぐらいだったら殺された方がましだわ!!」

馬鹿にするようにわざとらしく驚く猿飛佐助に、思わず声を荒げてしまう。こういう反応をすれば、相手が面白がるだけだってこの数年でいやになるほど分かっているのに。
現に彼は、喉で低く笑っている。ただし、首に突きつけられているくないはぴくりとも動かない。こういうところが憎たらしい。

「……あのさ、」
「……」
「俺様と一緒に来ない?」
「…は?」
「あんた、女ってだけで酷い扱い受けてるんだろ?うちの上司たちはそんなことしないよ」

だから何だと言うんだろうか。確かに、ここの人間は私が女だというだけで見下してくる。私が仕えている主だって、この背後の忍の上司たちに比べれば底が知れている。
それでも、世は戦国時代。重要機密を扱ったことがなく、大した力もない一人のくの一をこんなに簡単に自軍に招き入れるとは思えない。猿飛佐助は、冷酷な忍だ。

「何か裏があるんでしょう。あなたが、そんな簡単に他国の忍を信用するとは思えないわ」
「あは、もしかして俺様信用ない?」
「……」
「…うーんと、実はかすがになまえちゃんのこと頼まれてさ」
「かすがに?」

かすが。まばゆい金髪を輝かせ、いつも仏頂面だった友人。ある日里で会った時の、思わず目を疑った明るい笑顔が脳裏に浮かんだ。自分の一生をかけて仕えるべき主人が見つかったと、報告してくれた。
猿飛佐助にからかわれていた私を彼から守ってくれていた頼もしい彼女が、あの時は一人のくの一であり、また一人の女だった。
ああ、思い出した。その表情を見て私は焦りを覚えたんだ。彼女が手の届かない場所に行ってしまう気がして、私も慌てて仕える主を定めた。
今思えば早まったと思うけれど、忍は基本的には主を変えられない。そんな私を、あの強く気高く優しいひとは心配してくれたんだろうか。

「ここの城主は良い噂をあまりきかないから、心配だって言ってさ。わざわざ俺様のとこまで頼みに来たんだよ」
「……れでも…それでも、あなたにその言葉を受ける義務はないでしょう。いくらあの子のことが好きだからって、こんなことをしなくても……」
「あーもういいから」
「え……?」
「なまえちゃんに拒否権はないよ。連れていかせてもらう」
「は…?って、ちょっとやだどこ触っ…、きゃああ!?」






誘拐犯にお気をつけて

(ばかばか離しなさいよ!)










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