「お兄ちゃーん!」


授業が終わり、校門を潜る途中にかわいらしい声が耳に入った。それは普段学校で耳にしているものよりも幾分か幼くきこえ、心の中で首を傾げる。あ、お兄ちゃんと言っていたし誰かの妹さんなのかしら、なんて自己解決。

「さくら!」

さくらちゃんって言うのね。可愛い名前。そんなことをつらつらと思いながらも、足は動かし続けていたらぼーっとしていたせいなのか、からだに衝撃がはしった。

「ほ、ほえーっ!?」
「……っ、あんの馬鹿……!」

あら?ぱちりと瞬きをする。気づいたら地面にお尻をついている。私いつの間に転んだのかしら…。

「ご、ごめんなさい…!!」
「え?」

近くできこえた声は高く、幼さを残している。びっくりして首をまわすと、眉をへにゃりと下げた、まだ幼い女の子が私のすぐ隣で尻餅をついていた。何だかよく分からないけれど、この子はもしかして"さくらちゃん"かしら?その女の子はとても可愛らしい子で、先ほどきこえた声の持ち主にぴったりだと思えた。

「さくら!」
「あ、お兄ちゃん!」
「……ったく、何やってんだよ…。――妹が悪かったな」
「?大丈夫よ?木之下くんの妹さんだったのね、とても可愛いらしい子で羨ましいわ」
「木之本だ。……こんなクソ餓鬼、可愛くねーよ」

駆けよってきたのは木之下くんで、どうやらさくらちゃんは彼の妹さんみたい。木之下くんのさくらちゃんを見る目は心配の色を含んでいて、大事にしているんだなあなんて思い声をかけたら否定されてしまった。

「お兄ちゃんのお友達ですか?」
「ええ、そうよ。小学生の頃からクラスメートなの」
「ほ、ほえー」
「……ったく。いい加減名前覚えろよ」
「あら、そういう木之下くんは私の名前知ってるの?呼ばれたことない気がするけれど」

呆れたようにため息をつかれたのが何だか嫌で、じっと彼を見ながら口を動かせば、なぜか返ってきたのはにやりとした笑顔。

「お前が間違えずに俺の名前呼んだらな。――あ、名字じゃなくて名前な」
「名前……桃史朗くん?」
「ちげーよ」

こつん、と額を手の甲で軽く叩かれる。叩かれた箇所を片手で押さえながら木之……桃史朗くんを見上げると、苦笑しながら私を見ていた。その目は、さくらちゃんを見ていた時とは違うけれどとても優しくて、なんだか胸の辺りで何かが動いた気がした。

「――桃矢。ちゃんと覚えろよ?……なまえ」
「……!」

無意識に胸の辺りを押さえて、ふわふわし出した意識に首を傾げていると、いきなり耳元で低い声がきこえ、体が硬直する。首をあげようとしてもなぜか体が動いてくれなくて、そのままの体勢のままできいていると――頭が真っ白になった。








天然娘と狼さん

(私、名前呼ばれただけなのに……どうしたのかしら…)












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