以前兄に、聞いたことがあった。 「ねえルーク兄様。あの人、どこに行ったの?」 「あの人?……ああ、あいつか。あいつは……」 兄は少し困ったような顔で笑った後、あいつは実はマルクトの伯爵だったからマルクトに帰ったんだ、と言った。最初はたちの悪い冗談かと思ったのだけれど、それからは一度もあの人の大好きなルーク兄様の居るこの邸に来なかったから、私はそれを信じた。 「……ガイ……」 あの人は、このファブレ家の使用人だった。ルーク兄様の世話係で、身体の弱い私の面倒もよく見てくれた。 すぐにキザな事を言うけれど、それに自分は気づいていなくて。女性恐怖症だったけれど、私に優しく接してくれた。ルーク兄様に甘くて、いつも振り回されていたのを、私はよく窓辺から見ていたの。すると、視線に敏感なのか時々気づいて、お辞儀をしてくれたわ。そして時々、飴をくれるの。私が好きな、いちご味の飴。私と話す時も、そうでない時もいつも柔らかい笑顔を浮かべていて、まるで日だまりみたいな人だった。 あの人がルーク兄様を探しに行った時、嫌な予感がしたの。もう二度と、会えなくなる予感が。 一度お兄様が無事にご帰宅なさった時にあの人も一緒に居て、ほっとしたわ。けれど、すぐにお兄様はとてもおめでたい事に親善大使に選ばれて。あの人も一緒についていく事になって。私もついて行きたかったけれど、身体が弱くて足手まといになってしまうから、お兄様たちを信じて待つことにした。 結局、あの人は帰ってこなかったけれど。 コンコン 「なまえ、入るぞ」 扉を開けて入って来たのは、ルーク兄様だった。 もう一人のお兄様、アッシュ兄様は今、ローレライ教団の神託の盾騎士団の総長として働いていらっしゃるみたい。 「どうしたの、ルーク兄様?」 椅子に座ったまま首を傾げて尋ねる。お兄様たちと同じ色の、赤い髪がさらりと流れた。 「いや、ただなまえの様子を、な」 お兄様は、二人とも嘘がお下手。アッシュ兄様は盛大につっかえてしまうし、ルーク兄様は頬をかきながら横を向く。それに私は引っかかってあげるの。それは優しさからくるんだ、ってわかっているから。 「あら、身体なら今は平気よ?」 「なら、いいんだが……。侍女が、お前が沈んでいると言ってきてな……」 ああ、そういうこと。 確かに、ガイの事を考えていて、少し沈んでしまっていたけれど。侍女には理由がわからないし、ルーク兄様に泣きついたのかしら。ルーク兄様も鈍くていらっしゃるからお分かりにはならないのだろうけれど。 「少し、考え事をしていただけよ。大丈夫。」 「……ガイの事、か?」 「!…あら、誰かから聞いたの?」 びっくりした。まさか、あのお兄様に当てられるだなんて。 「いや、……その…」 「あ、そういえばお兄様、侍女の恋人が居たものね。話し合ったの?」 返ってきたのは沈黙。私は無言を肯定とみなした。 「まあ、ガイの事を考えていたのは否定しないわ。でも……どうしようもないじゃない」 「会いたくないのか?」 ああもう、お兄様ったららしくなく兄ぶっちゃって。そんなの、決まってるじゃない。 「決まってるじゃない。会いたいわ。でも、私は会いたくても向こうは違うでしょう?……この身体じゃ、軽々しく会いになんて行けないし」 こんな身体じゃなければ、すぐにでも会いに行ったのに。こんな身体だから、向こうが会いに来てくれるのを待つしかない。そんな、あり得ないことを待つしか、ない。 「ガイが好き、なのか?」 そんなの、決まってる。あの人の名前を聞くだけで、胸が温かくなるのよ? 「えぇ。好きだわ」 私のきっぱりとした答えを聞くと、お兄様はふっ、と笑った。そして、口を開く。 「……窓の方を向いて、目を閉じて10数えるんだ。俺からの魔法だよ」 魔法?この流れでいくと………まさか。 頭に浮かんだ事を消し去る。期待して、裏切られた時は辛いもの。きっと気分をまぎらわそうとしてくれるのだろう、という考えに至り指示に従って目を閉じる。 ゆっくり、ゆっくり 数え終わり、くるりと身体を回転させ、ふわりと目を開く。 「お迎えに来ました、お姫様」 「え………」 日の光に照らされてきらきらと輝く金髪。 膝を着いていた彼は立ち上がり、ふわりと柔らかく微笑んだ。 ひだまりの魔法 (ずっとずっと、会いたかったよ)(ガイ……私も、会いたかった) |