コンコン


「どうぞ」
「失礼します。」

第三師団師団長の扉をノックする。白に塗られたそれは木製で、軽く叩くと音が響いた。
許可を受け簡単な礼をし、机のそばにある椅子に腰かける彼のもとへ向かう。一見青年にも見える人物だが、彼はもう30代半ば。その笑顔の下にすべてを隠し策を練る。それは副師団長の彼女にも読み取りきれないものだ。

「師団長、陛下から書類を預かってきました。」
「おやおや、2人の時はいつも名前で呼ぶようにと言っているでしょう?」

書類を差し出す彼女の腕を引き、倒れてきた身体を支え耳元で囁く。
真っ赤に染まった頬を見て、師団長と呼ばれた男は愉しそうな笑顔を浮かべる。貼り付けたものではないその笑顔にまたもや顔を赤く染めるが、頬に温かなものを感じた瞬間、慌てて立ち上がった。

「なな、何をなさるんですか!?」
「名前で呼ばなかったお仕置きです」

語尾にハートが付きそうな口調で言う彼に彼女は反論の言葉を並びたてる。

「何で私がそんなことしなくちゃならないんですか!?それに今は仕事中です!」
「だって貴女は仕事が終わった後に食事に誘っても、断ってすぐに帰ってしまうじゃありませんか。」
「だって家族が待っていますし。師団長ならもっと綺麗な女性も引っかけられるでしょう?」

少し拗ねた様子で言う彼にため息をつきそうになる。自分などよりももっと釣り合う人がいるだろうと暗に言う少女は、まばゆい金髪に翡翠のような深く明るい緑色の瞳に整った綺麗な顔をしている。
いわゆる美人というやつなのだが、本人はまったく気にもとめていない。

「ですからこうして"綺麗な女性"を誘っているんですがね……」
「何かいいましたか?大佐」
「いえ、何でもありませんよ。それより、書類を」

ため息をつき何かを囁いた目の前の人物に首をかしげる。その姿に苦笑を浮かべ、大佐と呼ばれた男は話を戻した。
それに慌てて補佐官はジェイド・カーティス宛と書かれた書類を差し出す。
差し出されたものを手に取り、しばらく無言でそれに目を通していたが

「なるほど………。陛下もたまにはいい事を……」
「?どうかしたんですか?」
「いいえ。ちょっと、ね」

その返事に極秘事項なのだろうと察し、それ以上の追求はやめる。しかし、どことなく楽しそうな様子なのは気のせいだろうか。不思議に思い

「……それ、そんなに楽しそうなものなんですか?どこか師団長嬉しそうですけど」
「えぇ。……近いうちにわかりますよ」

にっこりと浮かべた笑顔に、どことなく寒気を覚えた。
そして尚も問いただそうと口を開こうとしたその時。


コンコン

「カーティス大佐、いらっしゃいますか?」

まだ若い男性のような声が、それを止めた。
ちらり、と扉に視線をうつし、ジェイドは呟いた。

「ふむ。……やるなら今、ですかね…」
「?大佐、応えないんですか?」

扉から視線をずらし、自分を見たジェイドに首を傾げ尋ねる。
そんな彼女にジェイドは指示を出した。作戦のための、指示を。

「なまえ、少し手を出してくれませんか?」
「?はあ………こうです、か、ってジェイド!?」

差し出した手を引かれ先ほどと同じようにバランスを崩す。そのまま腕を引かれるがままに大きな胸の中へ飛び込む。何事かと上を見上げ、避難の悲鳴をあげかけたところで、その目を見開く。

「一体なに……って、え、ちか………ん!?」

あまりの顔の近さに、口を開けたまま動きを止めた彼女に微笑みその距離を一気に縮める。

「?カーティス大佐?……失礼します………っ!!」

不審に思い、扉を開けた若い軍人は、自分の目に飛び込んできた光景に動きを止めた。
そして数秒たった後に我に返ったのか

「し、失礼しました!!」

叫びを残して逃げていった。
それを横目で確認したジェイドは、ようやく触れ合っていた唇を離す。

「作戦成功、ですかね」
「なっ、なっ、なな、何を………っ!?」

「よく言うでしょう?……外堀から埋めろ、って」






外堀埋没作戦
(そんなの聞いたこともありません!!)(陛下もいい作戦思いついてくれましたねぇ)







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