「あ、やべ。財布落としたかも」



始まりは、ただのうっかりでした。



「かすがー。あたしの財布知らない?」
「知らん。……確かお前、ポケットに入れてなかったか?」

昼休み。購買に愛しの愛しのマイスウィートプリンを買いに行こうとポッケに突っ込んだ手は。見事に空を掴んだ。
これはまさか、いやしかし。なんて思いながらマイスウィートダーリン、かすがに聞いてみた。しかし返ってきたのは無情なお言葉。

「あー、落としたかも。……落とし物ってどこにあんだっけ?」
「確か職員室前じゃなかったか?」

ここは4階で、職員室は2階……地味にめんどいな。仕方がない。愛しい愛しい財布のためだ。待ってろ諭吉。

「行ってきまーす。かすがは先にお市と弁当食ってて」
「わかった。謙信さまに会ったら土下座しとけ」

いやだから何であんたはそう上杉先生至上主義なんだよ、なんてツッコミを心の中で囁きながら(弱いなんて言わないでちょうだい!これでもこっちは精一杯生きてるんだから!)2階へと足を進めた。





「あ。あった」


ガラ


「失礼しまーす。すいませーん。落とし物置き場にあたしの財布あったんスけどー」
「あー……じゃあ委員長に鍵もらってこい。あれ管理してんのは生活委員だからな」
「うぃーっす」


ものの30秒で終わりました。


「………あ。生活委員長って誰だっけ?」

重要なことを聞き忘れてた。
………まあ、一々戻るのもめんどいしかすがに聞こー。

というわけで。


「かすがー」

チューといちご牛乳の紙パックをストローで吸っている金髪美人。
ああもう襲いた………げふんげふん。抱きしめたくなるくらい可愛いなあやつめ。
隣には黒髪をたらした少女も座っている。お市といって、少しネガティブな私の可愛い可愛いお友達。

「ああなまえか。財布はあったのか?」
「おかえりなさい……」

声をかければ返してくれて、当たり前の事なんだけど、ちょっと嬉しくなった。
お市も控えめながらもはにかみながら返事をしてくれた。かすがは………うん。たとえお市の3倍、普通の人の2倍の大きさの弁当箱でも首から上だけなら100人に1人の美貌だ。

「なんかーあったんだけどね。落とし物入れの鍵を委員長が持ってるとかでさー」
「つまりはのこのこと引き下がってきたわけか」

い、痛い。
ツンデレなのは知ってたしすごく萌えるけど、最近ツンツンが多い気がする。え、もともと?………まあ、そういう日もあるさ!

「い、委員長誰だっけ?先輩だよね」
「確か……3年生の…伊達政宗先輩だったと思う……」

3年生となると……3階かー。うちの学校も面倒な造りなんだよね。5階が1年で4階が2年、3階が3年だなんて、さ。
3年生といえば……確かどこか1クラスだけ異様に煩くて目立っててついでにかっこいい人がいっぱいいるクラスがあった気がする。伊達先輩って名前的になんか目立ってそうだからそのクラスかなあ。

「ありがと、お市。んじゃ行ってくらー」

パタパタと後ろ手を振りながら教室をあとにした。











「すいませーん!!伊達先輩って方このクラスにいますかー!!?」

3階に行ってみると、例のクラスはすぐにわかった。
なんか騒がしいのだ。教室を覗いてみると、やっぱり凄かった。茶髪で何だか叫んでいる人はいるし、オレンジ頭がいるし銀髪やら眼帯やらはいるし。どこの不良高校ですか、的な状況。
まあそういう人たちはみんなかっこよくていい目の保養になりそうだった。うん、だってV系バンドみたいなんだもん!
そんなこんなでがやがやと騒がしい教室には、もちろん普通の声量では言葉が届かない。と、いうわけで思いきり叫んでみたのだが。

「……あ、あれ?何もこんなにシラケなくても!え、ええと。伊達先輩は居ない、ということなのかな、あれ!?……と、とりあえず失礼しまっ」
「……伊達は俺だ、girl」

す、と言いかけたところで低い男子生徒の声があたしの声を遮った。声のした方へ視線を向かわせると、切れ長のまつ毛に覆われた目と、ばちりと視線が合った。ってまあ、片方しか無いんだけどね。
背が高くて、なんだか不機嫌そうに立っているその人に目は1つしか、ない。もう一方は、眼帯に隠されているのだ。

「カッコイーオニーサン、生活委員長さん?」
「あぁ、よくわかってんじゃねーか。なんだ?物でも落としたのか?」
「ちょっと財布をね。箱の鍵、開けてくれません?」

ふ、男なんてチョロいな!
‘かっこいい’という形容詞をつけるだけですぐに機嫌を良くする。あたしの目の前にいる彼も例外では無かったようだ。かなり機嫌を悪そうにしていたのに、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。まあ、例外だったら困るしいいけど。‘かっこいい’の代わりに‘可愛い’をつけなくちゃならなくなるのはさすがに嫌だもん。‘かわいいオニーサン’………HAHAHA!!
しかし世の中はそうは簡単に作られてはいないようで。

「Ah〜?面倒くせぇ。他当たれ」
「はあ!?」

他って、鍵持ってんのあんただけじゃん!!
なんて心の叫びが聞こえたのか、教室の中から廊下に向かい声がかかる。

「いくら何でもそれは可哀想でしょ。竜の旦那も一応委員長やってんだから行ってあげれば?」

い、いい人だ……!!

「Ah?じゃあ猿飛、お前が行けよ」
「やだよ、なんで生活委員長でもないのに俺様が。俺様は放送委員と旦那の世話で手一杯なんですー。それに……あんたんとこの世話係に言いつけるよ?」
「さあ行くぞ」

変わり身早っ!!

橙色に髪を染めた、猿飛と呼ばれていた人が何かを囁いた瞬間いきなり私の腕を掴んで歩きだした委員長。
そしてその変わり身の早さに呆然と彼の顔を見ていた私を見ると、

「あぁ?何見てんだよ?」

ガンを飛ばしてきました。

「す、すいません……」

ギロリと、片方しかない目で睨まれる。やっぱりこう……整った顔立ちの上に片方しか目が無いから睨まれるとかなり迫力がある。それに雰囲気ヤクザさんみたいだし。
あれ、なんでこの人委員長なんて似合わないモンやってんだろう?
大きな背中を見上げながら、ふと浮かんだ疑問について考えてみる。だって、いかにも不良ですって格好しててさ。性格だって怖そうだし。誠実、という言葉からはめちゃくちゃかけ離れてる。いいのは顔と運動神経ぐらいじゃないだろうか。あ、スタイルも中々かも。
じゅるりと出てきたよだれをクリーム色の少し分厚い素材でできたセーターの、袖の部分で拭う。かすがが居たら殴られてるとこだったよ危ない危ない。

「おい」
「っ、はい?」

突然話しかけられたせいで、かなり深いところまで沈んでいた思考が浮上する。不機嫌そうにすがめられた目は明らかにこちらを見ていて、かなり焦った。
あれ、あたし何かやっちゃった!?

「……Careful。ちゃんと前見て歩けよ、転ぶぞ」

あ、駄目だ

今なんかズキューンってきた。何かがきた。顔が、熱い。全然意識して居なかった、繋がれている手がまるでそれ自体が意思を持っているかのように発熱してくる。きっと赤くなっているであろう顔を伏せ、縦に振る。それを確認した先輩は、また前を向いてあたしの手を引き始めた。









「おら、着いたぞgirl」

立ち止まったのは、先ほども訪れた職員室。廊下には2、3人ほどの生徒しか居なかった。

「んで?お前は何を落としたんだ?」
「財布でーす。あ、ちなみに苺柄の可愛い白のガマ口財布ですよー」

しばらく歩き、大きな音で鼓動を刻んでいた心臓はすっかり落ち着いている。職員室に着いたところで、2人の手は自然と離れていた。

「ほらよ」

弱冠投げられたそれは、確かにあたしの財布で。しっかり握りしめて彼の方に向き直る。

「ありがとーございました!」
「あ゛ーまた戻んのか。めんどくせェー」
「嫌味デスカ」
「へっ。…もう落とすんじゃねーぞ」

突っかかってくるか睨んでくるかしてくると思ったあたしの予想は見事に外れ、彼は鼻で笑ったあとに、ぽんっとあたしの頭に手をのせた。どこか意地悪げなそれはやっぱりかっこよくて、また鼓動が弾んだ。

「了解でーす」
「じゃーな」
「あざーしたー」

別れの言葉を交わし、早足で教室へ向かう。かすがもお市も待ってるはずだし、それに。それに、この頬の熱を冷まさなくちゃ!





ガラッ


「か、かすがー!」










落とし物から""を拾いました!!
(あのね、あのね!あたしね、恋しちゃったみたい!)(は!?……おのれ誰だこの私がころ(か、かすが落ち着いて……)(あれ、かすがどうしたのキャラ違うよ?)








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