▼ 人生万事塞翁が虎
電話の途中で「良い川だね」と云い入水を始めてしまった治を国木田くんと捜していると、どうやら国木田くんが治を見つけた様で、
「おォーい。こんな処に居ったか唐変木!」
反対岸に居る治は此方に向かって手を振った。治の隣にはボロボロの薄汚れた服を着た白髪の少年がいた。あの様子だと家出か、若しくは追い出されたか…後から最中が私に声を掛けた。
「鏡子あの童、少々獣臭い」
獣?
「おー、国木田くんご苦労様。あ、鏡子も来てたのね」
呑気な治に国木田くんは声を荒らげた。
「苦労は凡てお前の所為だこの自殺
嗜癖 !お前はどれだけ俺の計画を乱せば____」
「そうだ君、良いことを思いついた。彼は私の同僚なのだ。彼に奢ってもらおう」
うわぁ…全く国木田くんの話聞いてない…
「へ?」
「聞けよ!」
「君、名前は?」
治の問に少年は答えた
「中島……敦ですけど」
名前を聞くと治は歩き出した。
「ついて来たまえ敦君、何が食べたい?」
「はあ………あの………茶漬けが食べたいです」
治はその言葉に吹き出し声を上げてどっと笑った
「はっはっは!餓死寸前の少年が茶漬けを所望か!良いよ、国木田君に三十杯くらい奢らせよう」
其の言葉に国木田くんはまた声を荒らげた
「俺の金で勝手に太っ腹になるな太宰!」
国木田くんっていつか頭の血管切れそう
「太宰?」
「ああ私の名だよ。太宰、太宰治だ」
ーーーー
私の隣に座る白髪の少年、中島敦はがつがつと茶漬けを食べていた。私は1口お茶を啜った。膝の上では最中が尻尾を振っていた。
「おい太宰、鏡子、早く仕事に戻るぞ」
国木田くんはトントンと人差し指で机を小突いた。
「仕事中に突然「良い川だね」とか云いながら川に飛び込む奴がいるか、おかげで見ろ予定が大幅に遅れてしまった」
国木田くんはキッと治を睨んだ
「国木田君は予定表が好きだねぇ」
治の言葉に国木田くんはバンッと勢いよく机を叩いた。
「これは予定表では無い!!理想だ!!我が人生の
道標だ、そしてこれには『仕事の相方が
自殺嗜癖』とは書いていない」
トントンと今度は手帳を中指で小突いた。
「ぬんむいえ、おむんぐむぐ?」
茶漬けを口に頬張り、質問する中島少年に、スッと座り手帳を開いた国木田くんは答えた。
「五月蝿い、出費計画の
頁にも『俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う』とは書いていない」
「んぐむぬ?」
「だから仕事だ!!俺と太宰と鏡子は軍警察の依頼で猛獣退治を___」
国木田くんは青筋を立て、またダンッと机を叩いた。なんで会話出来てるンだろう…?
「君達なんで会話できてるの?」
治も同じ事思ってたンだ…
ーーーー
「はー食った!」
ごちゃっと置かれた茶漬けの茶碗を見てこの少年よく食べるなぁ…と思った。
「もう茶漬けは十年は見たくない!」
「お前……」
少年の言葉に国木田くんは青筋を立てた。
「いや、ほんっとーに助かりました!孤児院を追い出され横浜に出てきてから食べるものも寝るところもなく……あわや斃死かと」
矢っ張り施設の出なンだ…
「ふうん君、施設の出かい」
「出というか……追い出されたのです。経営不振だとか事業縮小だとかで」
経営不振に事業縮小…それだけの事で子供を追い出す施設って今どきあるのかなぁ…?
「それは薄情な施設もあったものだね」
「おい太宰、俺たちは恵まれぬ小僧に慈悲を垂れる篤志家じゃない。仕事に戻るぞ」
国木田くんは顔を顰めた。
「三人方は何の仕事を?」
「なァに……探偵さ」
うわぁ治すっごい決め顔…あ、少年ぽかんとしてる。ぽかんとした少年を見て国木田くんは舌を打った。
「探偵と云っても猫探しや不定調査ではない。斬った張ったの荒事が領分だ。異能力集団『武装探偵社』を知らんか?」
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