愛しき人よ | ナノ

 
「ああ…少し、祓魔師を派遣して頂きたい」



電話を切って数十分後、コンコンと聞こえた控えめなノックに私は小さくどうぞと答えた。



「…おや、奥村先生」

「……」



眉間に皺を寄せ束になった紙を持って鋭い目で私を見る彼は、つかつかと私の元へ歩み寄る。
…どうやら、人選ミスだったようだ。



「…何故、あんな事をしたんですか。貴方らしくもない…」

「ほう?私らしくない…ですか。いや失敬、少しばかり感情が高まってしまったんですよ」



未だに残る生臭い臭いに苦笑してチラリと視線をやる。
苦い顔をした彼に気づかれないよう息を吐いた。



「…確かにあの悪魔は苗字さんを殺した悪魔でした。…一体何処から情報を…」

「私に何も言わなかったのは、私を気遣ってですか?」



報告を受けた時、私が殺した悪魔の事は何も聞かなかった。
…要らぬ節介だ。聞いても聞かなくても、私があの悪魔を殺す事に変わりなど無いのに。



「…気遣ってなんかいませんよ。貴方がそこまで強いものだとも、弱いものだとも思っていませんから」

「…では何故?」



スゥ…と睨みつけるように目の前に立つ彼へ視線をやる。
前とは違う真っ直ぐな目は、今の私には痛かった。



「必要がないと、思ったからです」

「何…?」

「それともフェレス卿、貴方はまだわからないんですか?」

「……」



…わからない?何がだ。何が言いたい。何故、そんな澄んだ目で私を見る。



「わからないなら、貴方はずっとこのままですよ」



キッと睨むように目を細めると、報告書を置いて彼は私に背を向けた。



「…苗字さんは、自分の為に貴方の手を血で汚せと言う人なんですか…?」

「……!」



パタリと閉まった扉に、彼女の笑顔が浮かんだ。



消えていく、忘れたくなどないのに



2012/01/18