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「…うわお」


朝、下駄箱を開けたらそこには所謂ラブレターとやらが置いてあった。


「古典的だなあ…」


差出人は不明。でもすごく綺麗な字でその内容は書かれていた。


「放課後、体育館裏まで来て欲しい…か」


…場所までベターだな。なんて思ったのは秘密だが、まあ悪い気はしない。

…と、朝私は思っていた訳なのだが。


「(…え、あれって…)」


現在、放課後。指定された時間に体育館裏へと向かうと、そこには人影があった。恐らく古典的な手紙の主だろうその人は…某テニス部の眼鏡くんじゃまいか。


「…あ、来てくれたんやな」
「え、じゃあやっぱりあの手紙…」
「俺が出したんやで?」
「……」


…マジか。関西人って意外と古典的なんだな。ってまあそんな事はいいんだが。


「…接点、なくね?」


いや、皆無に等しいよね。たまーにテニス部の練習が視界に入るぐらいで話した事まともにないし、名前も…えーと、何だっけ。


「酷いなあ…俺はずっとお嬢ちゃんの事見とったんに」


お 嬢 ち ゃ ん !

まさかのお嬢ちゃん発言に背中がぞわぞわしたよ。…て言うか同い年だよねこの人。ムダにエロいんだが。フェロモンやばくないですか。


「まあお嬢ちゃんは俺ん事なんか見とらへんかったようやけど」
「まあ…テニス部に興味ないし」


テニスコート横切る度に黄色い声援が耳を犯すもんだから逆に迷惑だったわ。


「…なんや今毒づかれた気ィすんねんけど」
「気のせいだよ気のせい」


…て言うかほんとにこの人の名前なんだっけ?確か、足が付いてたような…


「…で、返事くれへんの?」
「や、逆に今の会話で返事とか期待出来るの?」


100%無理でしょ。考えたらわかると思うんだけど。私未だにあんたの名前すら思い出せないのに。


「…なんや自分、今付き合うとる奴居るん?」
「居ないけど」
「好きな奴は?」
「全然?」
「ふーん…」


何だ、何なんだよ眼鏡くん。質問攻めが終わったかと思えば手を顎に添えて何かしら考え込んでるし(イケメンだから絵になってる)。

かと思えばなんかニヤニヤし出した(ごめん気持ち悪い)。


「なら、俺と付き合うてや」
「ねえ、話聞いてた?」
「ええやんか、好きな奴も付き合うとる奴も居らへんのやろ?」


せやったら、俺にもまだ希望あるやん。
…なんてポジティブシンキング。あれか、付き合ったら好きにさせる自信あるぜみたいな?


「そうやで」
「私の思考読まないで怖い」


なに、テニスやってる人って自然に読心術が身に付くもんなの?ガクブルだよマジで。


「ああ…エェなあその表情も」
「…は、ちょ…!」


いつの間にか私との距離を詰めていた眼鏡くんが体育館との壁の間に私を挟み込んだ。…はい?


「ちょっと眼鏡くん、なにしてんの」
「眼鏡くんて…ちゃんと名前あるんやけど」
「お前なんか眼鏡が8割占めてんだから眼鏡で十分だ。くん付けしてやってるぐらいありがたく思いな」
「…はは、おもろいな」


せやけど、俺の名前呼ぶまで離したらへん。
…うぉおい、それはないぜ眼鏡くん!ってちょっと何で顎に手ぇ添えてくんの?…え、マジ?

どんどんと近づいてくる眼鏡の顔に私は唇の貞操が奪われてしまうと悟った。
待て待て待て。名前、名前…えっと、足、足……ハッ!


「しの、しのびあしくん!」

「………は?」
「名前っ、名前呼んだよ!離して!」


唇まであと数センチという所でしのびあしくんの動きは停止した。…流石私、ギリギリの所で思い出すなんて。


「ちょ、ちょお待ち。今なんて?」
「しのびあしくん」
「しの……は?」
「だから、しのびあしくんて」


忍足って書いてしのびあしって読むんでしょ?珍しい名前だから忘れてた。
そう言うと、一瞬ポカンとした表情を見せたしのびあしくんは急に口元を押さえて笑い出した。


「しっ、しのびあして…!」
「え、何笑ってんの。自分の苗字なのに」


軽く冷たい目で見てたら、しのびあしくんは半涙目ながらに私を見た。


「ほんまにおもろいコォやなあ…」
「褒め言葉として受け取っておこうではないか」


じゃ、私はこれで。と立ち去ろうとする訳だが…何故か頭の両隣に腕が出現した。


「…は、」
「あかんなあ…まだ行ったら」
「何で。名前呼んだじゃん」


あれならもいっかい呼ぼうか?しのびあしくんよ。
半ば睨み付けるように見上げてやれば、しのびあしくんは小さく笑って私の耳元へと唇を寄せた。


「俺の名前、忍足やから。しのびあしちゃうで?お嬢ちゃん」
「ひ、あ…!」


低い声と生暖かい吐息にぞわわわ…!と鳥肌が立った。
…て、え、しのびあしくんじゃないの?オシタリ?


「ちゅう訳で名前呼ばへんかったんや、…唇の貞操はいただきやな」


未だに停止する思考を余所に、しのびあしくん改めオシタリくんは楽しそうに私の唇へと口づけた。
その瞬間、私の拳が炸裂したのは言うまでもない。



2012/07/23
2013/02/10 加筆