私の隣にキミが居る
自分がこんなにも独占欲が強くて、嫉妬深いとわかったのはほんの少し前だった。
『あ、いち「一護!早くせぬか!」
私の声はよく通る綺麗な声に掻き消される。
「うっせえな!わーってるよ!」
一護は乱暴に鞄を手に取ると、眉を下げて私を見た。
「…悪いなまえ。今日も一人で帰ってくれるか?」
『え…あ、うん。怪我…しないでね?』
「ああ。…悪ィな」
「なまえ、すまぬ」
『ううん!頑張ってね』
今出来る笑みを精一杯浮かべて、走り去る二人を見送った。
ぱたぱたと駆ける音が聞こえなくなると、私は張り付けた笑顔を剥がして教室を出る。夕日のオレンジに染まる景色をただぼぅっと見ながら帰路を歩いた。
一護と私は恋人同士で。その一護がシニガミだという事を知ったのは、彼が大怪我をして私の目の前に現れた時だった。
何かを隠してるって事はわかってたから、誤魔化さずに話してくれたのは嬉しかった。でも、朽木さんもシニガミだったなんて思わなくて。
驚きと同時に羨ましかった。
いつも二人で居て、互いに信頼し合ってたから。
朽木さんは一護みたいな代行じゃなくて、本物のシニガミだから、傷を治す事だって出来る。
私には…何もない。
霊感もまったくないし、一護たちが戦ってるホロウも見えない。
だから…朽木さんが羨ましかった。
『一護…大丈夫かなぁ』
…朽木さんが居るから、きっと大丈夫だよね。
だけど、やっぱり…
『一緒に居たかったな…』
私たちの為に命を賭けてる事はわかってる。
でも、だけど……私を、選んで欲しかった。
『あーもう、泣くな…』
うっすらと膜が張る目を雑に拭った時、目の前に影が差した。
『…?』
ゆっくりと顔を上げると、金髪にピアス…不良と呼んでいい男が数人、睨み付けるように立っていた。
「お前、みょうじなまえか?」
『え…そう、ですけど…』
怖ず怖ずとそう答えると、目の前の男たちはニヤリと笑う。
背中にゾッと悪寒が走って、逃げようと身体を向けた瞬間に腕を取られてしまった。
『や…っ、離して!』
「大人しくやがれ!こっちは黒崎に用があんだよ!」
『…!?』
何で、という言葉は男の手によって阻まれる。
(一護…!)
そう心の中で彼の名前を呼んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。
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うっすらと重い瞼を開けると、見知った風景が広がっていて。ハッと自分の身体を見ると後ろ手に縛り上げられていた。
「目ェ覚めたか?なまえチャン」
横からそう私を呼ぶ声が聞こえ、私の視線は声の主へと向く。
『…っ』
キッ、と睨み付けるように男を見上げればまるで怖くないとでも言うように笑われてしまった。
『何で…こんなこと…』
「何で?そりゃお前が黒崎の彼女だからなァ」
『一、護の…?』
「ああ。俺たちゃ黒崎に恨みがあんだよ。この傷の借り…たっぷり返さねえとなァ」
男が手を這わす所には、小さな傷がうっすらと残っている。
『借りって…』
…この人たち、知ってる。前に一護と喧嘩して負けた人たちだ。そんな…自分たちが勝手に一護に絡んで勝手に負けたのに。
『…っ、…こんな事しても、意味なんてない』
「あ?」
『……私、一護の彼女じゃないから』
「……」
大丈夫…私が嘘を突き通せば、一護は巻き込まれなくていいんだから。
一護の負担には、なりたくない。
「…へェ?なら…確認してみなきゃなァ?」
途端にニヤニヤと笑みを浮かべて、ポケットから見覚えのある物を取り出した。
『そ、れ…私、の…』
「寝てる間に貸して貰っちゃった〜」男の手にあったのは、私の携帯。
一護とお揃いのストラップがユラユラと揺れている。
「じゃ、確認してみるか」
『…!や、やめて!』
ピッピッとキーを押して徐に携帯を耳へと当てる。少しの機械音の後、聞き慣れた声が聞こえた。
「…よォ、黒崎か?そう吠えんなよ。いいか?よく聞け。…お前の愛しの彼女は預かった。返して欲しかったら空座校の屋上に来い。早く来なかったら…わかるだろ?」
ギャハハハと下品な笑いを浮かべると、携帯の電源をプチリと切る。
私の名前を呼ぶ一護の声が、聞こえた気がした。
「嘘はいけねぇなァなまえチャン。黒崎の野郎大声張り上げてたぜ?なまえを返せ、ってな」
『…っ』
…私に力があったら、こんな事にはならなかったかもしれない。朽木さんみたいに強かったら、一護の足枷にはならなかったのに。
『……ふ、う…っ』
「あれ、泣いちゃうの?」
私の声に気付いたのか、男は私に向かって手を伸ばしてくる。
いやだ。
触らないで。
「俺達が慰めてやるよ」
手が肩に触れる。
『や…っ』
いや。
気持ち悪い。
助けて。
一護…
『一護…っ』
そう叫んだ瞬間、屋上のドアが大きな音を立てて吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
身構える男の目の前に、オレンジ。
「ぶべらっ!」
右の頬を思い切り殴られて、その大きな身は壁へと吹っ飛ばされた。
「悪ィ…待たせたな」
ハァハァと息を弾ませた一護が、眉を下げて私の頭を撫でる。
『い、ち…』
「すぐ終わらせっから。待ってろ」
ポキリ、指の骨を鳴らす一護は今まで見たことのないぐらい…怖かった。
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「あー…いてえ」
バキッドカッなどの鈍い音が止み、一護は口から滴り落ちる血を拭いながら私の手を縛る縄を解く。
パサリと縄が解けた瞬間、私は一護の胸へ飛び込んだ。
「うぉっ!?……なまえ?」
『………ひっく…』
「…泣いてんのか?」
一護の首筋に涙が流れる。泣いているのがわかったのか、一護は私を優しく抱き締めてくれた。
『……ごめ、なさ…』
「…何でお前が謝るんだよ。どうせあいつらが俺に逆恨みしてお前を攫ったんだろ?…謝んのは俺の方だ」
ごめんな。ポソリと聞こえた言葉に私はぶんぶんと首を振る。
『私が、弱かったから…一護はシニガミのお仕事忙しいのに、足引っ張る事…しちゃったから…』
一護は優しいから。私の為に嘘を吐いてる事ぐらいわかってる。
「…ばーか」
『へ…』
ソッと身体を離されてコツンと額を小突かれる。
「…足引っ張るだとか弱いだとか、何勝手に決めつけてんだよ。そんなの俺が決める事じゃねえか」
『でも…』
「……ルキアから聞いたんだけどよ、」
言葉を切る一護の顔は複雑で。次に続く言葉が怖い。
「俺って霊力が並より強ェらしいんだ」
『れい、りょく…?』
「ああ。俺は本物の死神じゃねえから、力の抑え方ってのがイマイチわかんねえし…俺に近い人間は霊力が少し移っちまうらしいんだ」
そんな事が…
「だからよ…なまえが俺の側に居ねェ方がいいんじゃねえかって、考えた」
『…!そ、れって…』
嫌な予感が過ぎる。涙が溢れそうになった私の瞳を、一護は優しく拭ってくれた。
「…俺のこの力のせいでなまえが傷付くのはどうしても堪えられねえから。……でもよ、」
やっぱ無理だった。
『え…?』
疑問の言葉を口にすれば、一護は照れたように歯を見せてにこりとはにかむ。
「お前が俺から離れるって考えた時、すげえ嫌だった。…やっぱ、好きだから」
なまえは俺の弱味でもあって、…俺の最大の強味でもあるんだよ。
『…!』
…どうして、一護はこんなにも簡単に私の闇を取り払ってくれるんだろう。
『一護…』
「ん?」
『…………好き…』
「……ああ。俺もだ」
赤く染まっているであろう頬を隠す為に、一護の広い胸へと顔を埋めた。
「もう……離さねえから」
ポソリと聞こえたその言葉は、私の中へと簡単に入ってくる。
『一護…大好き』
夕焼け色に染まる街に、ふたつの影がひとつに重なった。
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「ホラ、もう泣くなって」
『な、泣いてないもんっ』
「そうか?」
『……ね、一護。朽木さんは…?』
「あー…置いてきた」
『え?大丈夫なの?それ…』
「大丈夫だろ、あいつ強いし。それに…」
『?』
「お前ルキアに妬いてたから」
『!な、何で知って…!』
「秘密」
ニヤリと笑む一護に、暫くは逆らえないと悟ったのだった。
ひかりさまからのリクエストでした!
企画にご参加頂きありがとうございました!
2011/06/19
2012/03/31 加筆