頂き物 | ナノ



※湊さまより頂きました!





「おはよーございまーす」



技局のみんなに挨拶をしながら、時折仲の良い同僚と会話を交わし、あたしはいつも通りお茶を『2つ』淹れて自分の研究室へ向かう。
今取り組んでいるのは、局長が開発中の新データを組み込んだシステム作成の末端作業で、割り振られた一部屋があたしの研究室になっている。
その自分の研究室のドアをほんの少しだけ開いて中を確認する。

なぜかというと…



「………やっぱり」

「『やっぱり』って何だ」



あたしの椅子に腰掛けて煙草の煙を揺らすのは阿近さん。
勿論、朝淹れた2つ目のお茶の行方は阿近さんのもの。
何にも執着心が無さそうなのに、阿近さんの湯呑みは珍しい釉薬の色が出た形のいい器だった。



「阿近さん、おはようございます」



質問を無視して、わざとらしいくらいの笑顔で挨拶をしてみせる。



「…ああ」

「…………」



別にいつもの事だけど。ここに来て煙草を吸うのも。
おはようございます、と挨拶をしても低血圧そうに『ああ』とだけ返って来るのもね。

阿近さんは上司だから、局員の研究室にいつ来ようが問題は無い。それに見られて拙い物も無い。だから別に構わないんだけど。
寧ろ最近は、何をするでもなく毎朝研究室にいる阿近さんが、あたしにとっても当たり前の光景になっている。
慣れたあたしは阿近さんに背を向けプログラミングと数値の採取と忙しく仕事を始めた。



「阿近さんて、どうしてこの研究室にいらっしゃるんですか?」



作業をしながら、ただぼんやり心に浮かんだ あたしの純粋な疑問をただ言葉にしたら、案外棘のある言葉になってしまって少しビクビクしながら返事を待つ。



「…ここ、すげー居心地いいんだよな」

「そ、そうなんですか?」



それはなんとなく独り言みたいで、空を漂い淡く消える。

くすぶる言葉にあたしは背を向けたまま、カタカタと打ち込み作業の音を響かせながら答える。



「日当たりはいいし」

「南東向きですからねぇ」



ほぼ一日中陽の入る部屋は自分も好きだ。



「灰皿は用意してくれてるし」

「それは、阿近さんが煙草吸いたそうにしてるから」



なんて、本当は…

本当は少しでも長く、ここにいて欲しいから。



「お茶は出てくるし」

「だって、いつもここにいらっしゃるじゃないですか」



それだって言い訳で

本当は、あたしを女だって意識して欲しいから。

阿近さんが真顔であたしの『どうして?』にどんどん言葉を並べ答える。



「なまえがいるから来るんだろうな」

「へ?」



唐突に述べられた回答に真っ白になるのは頭だけじゃなくて、記録用紙に走らせていた筆すら止まってしまう。

なにこれ?からかってる?
素直に喜んでいいの?



「俺は多分なまえに会いに来てるんだと思う」

「…何か阿近さん『多分』とか『思う』って研究者らしくない回答ですね」



だって『会いに来てる』だなんて、どう受け止めるべきなのか分からない。
どういう意味ですか?なんて真っ直ぐ聞けない。
言葉の裏にある思いなんて探る技術なんて、ここでは学んでなんかいない。
だから冷静に論理的に、不確定な部分を解明せよとばかりに返す。

振り向いて見ると『ふむ…』と少し悩み始める阿近さんが珍しい。
どんなに天才的に頭のキレる人でも、自分の心気を思案し解明するのは難しい場合もあるのだろうか。



「そうだな…俺はなまえが…」

「あたしが…?」



暫くして静かに紡がれ始める言葉に息をのむ。
浅はかな期待値が上がると、比例して心音も馬鹿みたいに上昇中。



「気に入っている」

「えっ、あ、え?気に入ってる?」

「そうだ。これが しっくりくる言葉だな」



そっか、そうだよね。

あたしの勝手な期待だもんね。
気に入ってもらってる、なんてとても良い事じゃない。
くるりと椅子を回して、また機材に目を向ける。
だけど一気に肩から緊張が抜け落ちたら、溜め息と一緒に本音が漏れた。



「なーんだ。あたし、もしかしたら…」



そこまで言って慌てて口を噤む。

これ以上何を求めるのよ?
くだらない仮定の話をしたところで、恥をかくだけだ。



「『もしかしたら』何?」

「!」



なのに聞こえた言葉は、あたしの右耳元から。
後ろから煙草の匂いが甘く馨る。

極、小さく

極、近く

そして 極、艶やかに囁かれる言葉は



「『気に入っている』より更に合う言葉があるんだが、聞きたいか?」



心音は再び上昇を始める。

「期待、してもいいんですか?」



後ろから優しく回された手に、恐る恐る手を重ねてみる。



「好きだ」



少し強めに抱きしめられて、緊張と嬉しいのとで不覚にも泣きそうになる。



「なまえ、好きだ」

「ひゃ、ん、」



阿近さんから初めて貰った口づけは、首筋へ うなじへ雨のようだった。



「あ、あたしも好きです」



振り向いて阿近さんの目を正面から見つめて言ったら『よく出来ました』って言いながら、今度は柔らかな唇があたしの唇に ふわりと重なった。



*



「阿近さん、煙草吸う時は窓開けて下さい」

「何で?」

「髪とか、死霸裝とか匂い付いちゃうんです」

「別にいいじゃねぇか」

「いいって何がですか?」



「俺の匂いだろ?」

「………」



そんなクサい台詞を相変わらずの真顔で言われて、結局馬鹿なあたしは二つ返事で頷いて、いつも通り阿近さんの腕と馨に包まれて幸せを感じてしまうのだった。







湊さまより相互記念で頂きました!
ありがとうございました!



2012/03/27 加筆



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