「なまえ、それ取ってくれ」
『はい』
「なまえ、それが緑になったらこの薬品3mm入れてくれ。あー、あと塩酸2mmな」
『う…これと、塩酸ですね』
「で、その資料もくれ。それとこの報告書と局長に実験内容の報告しといてくれ。あと『ま、待ってください!』……あ?」
薄暗い実験室の片隅で、私に面倒くさそうな顔を見せる……鬼。
『阿近さん…そんないっぺんに言わないでくださいよー…私は一人しか居ないんですよ?あと、目の前にある資料ぐらい自分で取ってください』
本当に人使いが荒いんだから…と溜め息を吐くと、面倒くさそうな顔がちょっと怖くなった。
「…お前俺の助手だろーが。文句言ってる暇あんなら動け」
『助手はパシリじゃないです!…少しは休憩しましょうよー…阿近さんも動きっぱなしでしょ?』
ね?と言うと逆に溜め息を吐かれた。
「………太るぞ」
『なっ!大きなお世話です!』
ちょっと気にしてるのに…ていうか私の方がたくさん動いてるのに何で阿近さんはあんな細いの?
「俺は食っても太らねぇんだよ。全部頭に行ってっからな」
…………え、
『な、何で思ってる事が…』
「…口に出してた。お前馬鹿だろ…だから此処に肉が付くんだよ」
と、いつの間にか阿近さんは私の目の前に居て………ぶに。
……ぶに?
「あー、こりゃ重症だな」
ニヤニヤしながら私を見るこの人。目線を下にやれば、阿近さんの手が私の脇腹に…
『…っ、最っ低です!この変態阿近さん!もう知らないっ』
気にしてるのにっ!うわぁあああんっ
バシッと手を払って実験室を出て行った。
『阿近さんのあほー!』
そう罵声を吐き捨てて。
「…聞こえてるっての。あー、俺もまだまだ餓鬼だな…ま、あれぐらいなら許容範囲内か」
目の前にある試験管は澄んだ蒼になっていた。
▼『……っていう事があったんです』
ソファの上に座り、ヨヨヨ…と白衣の裾を目に当てる(現世ではこうやって泣きマネをするって聞いた)。
「…で、何でそれを俺に言うんだよ」
私の目の前で呆れた顔で私を見る人(?)
『だって鵯州さんしか居ないんですもん』
「…リンが居るじゃねぇか」
『鵯州さんの方が阿近さんを良く知ってるでしょ?』
「気持ち悪ィ言い方すんな。知りたくねぇよあんな奴」
『それでですね、』
「無視すんな」
ブツブツ言いながら煎餅をかじる鵯州さんを無視して続ける。
『さっきはセクハラされるし、この前はリンくんとじゃれてただけで怒られたんですよ?』
あの雰囲気は怖かった…背中が怒ってますって言ってたもん。最近はお尻とか触られるし…
「…お前、わかんねぇのか?」
『?何がですか?』
そう言うと、鵯州さんは肩(あるのかな…)を竦めて溜め息を吐いた。
「……お前馬鹿だろ」
『んなっ!何でですかっ』
「何でっつってもな…」
チラリとでかい目で私を見ると、フッと鼻で笑う鵯州さん……ムカつく。
『何が言いたいんですか鵯州さんっ!』
ずいっと近寄って睨み付けると大きな図体を反らすこの人。
「(うぜえ…)あー、だからつまり阿近は「鵯州」………阿近」
低い声が響いて、鵯州さんの額からダラダラと汗が…
「よォ、楽しそうな話してんじゃねえか。俺も混ぜろよ」
『あ、あああ阿近さん…!』
バッと顔を上げると、意味深な笑みを浮かべている阿近さんが。絶対今の会話聞いてた…!
「なァ、鵯州。そういやお前アレどうした」
「アレ?……!ま、まさかお前…」
「あー、どうだかな。……俺は知らねえけど」
ヒッ!あ、阿近さん今目、目が…っ!
ブルブルと震えていると、鵯州さんは血相を変えてどこかへ走って行った。
「てめえ阿近!覚えてろよ!」
そんな声が、聞こえた。
「……さて、と。邪魔な奴も居なくなった事だ…行くぞ」
『え?ちょっ、阿近さ……きゃあっ!』
走って行った鵯州さんを横目で見つつ鼻で笑うと、阿近さんは私の足に腕を入れてそのまま私をお姫様抱っこ。
うわ…細い腕なのにがっしりしてるなー……じゃなくて!
『ちょっ、阿近さん!?な、何して…っ』
スタスタと行く阿近さんの腕にしがみつきながら精一杯の抗議。すると阿近さんは一瞬だけチラリと私を見て、またすぐに視線を前へ戻した。
怒ってるのかな…と不安になる中、ピタリと足が止まって部屋の中へと入る。パタンとドアの閉まる音が響いて、私はゆっくりと下に降ろされた。
「……肩痛ェ」
そうコキコキと肩を鳴らす阿近さん。
『いや、痛いなら何で担いだんですか』
「………雰囲気?」
『……』
普通雰囲気でお姫様抱っこってするものなの…?
「んな事どうでもいいんだよ。……で、何だって?鵯州に相談する程俺は変態か?」
『う…っ』
ずいっと一歩近付いて来る阿近さんに私も一歩後退る。
『や、やっぱり聞いてたんですか…?』
「当たり前だ。ったく、助手の仕事もしねぇでサボりやがって」
ちょっと睨みながらまた一歩。
『さ、サボってなんかないです!ただ…』
「ただ、何だ?」
『う…』
一歩、一歩と進んでは退きが続いて。
……トン、
『あ……』
あっという間に壁際まで追い詰められてしまった。
「なァ?なまえ…」
トンッと、顔の横に腕を置かれて、覗き込むように阿近さんの綺麗な顔が近付いてくる。
『……阿近さん』
「あ?」
『…ち、近いです……』
だってだって!
今私の目の前に阿近さんのか、顔がっ!
「……顔まっか」
『なっ、そそそそんな事ないですっ!』
嘘、本当は自分でもわかるぐらい熱い。全身から火が出そうなぐらい熱くて…ぼんやりする−−
『あ、こんさ……』
「……」
『いい加減退いて……んっ!?』
いつの間にか阿近さんが至近距離に居て、いつの間にか唇が何かで覆われていた。その“何か”がわかった瞬間、それは更に深くなった。
『ふ…んっ…あ…あこ、さ……んんっ』
水っぽい音が部屋に響いて、反響する。阿近さんの手が私の頭に腰に回って引き寄せる。口の中で動き回るものは歯列をなぞって…言葉を、全てを奪った。
『んぁ…っ、ふ……ん…っ』
チュッというリップ音の後に、ゆっくりと離されて全身の力が抜けた私は阿近さんの胸の中に収まった。
『…はっ、あ、こんさ…なん、で…』
はぁはぁと荒い息づかいで見上げれば、愛おしそうに私を見る阿近さんと目が合った。
「……して欲しそうな顔してたから」
『…はっ!?』
な…っ、こ、この人…!
『最っ低です!本当に……酷いですよ阿近さん…』
あー、なんか泣けて来ちゃった。
未だに抱き締められたままだし。ぐいーと胸を押してもびくともしなくて。
終いには鼻で笑われた。
『ほん、とに離し「お前、俺の事好きだろ」……は?』
そうだろ?と意地悪な笑みでそう言われて…
私の中の何かが壊れた。
『…っ、そうですよ!私は阿近さんが好きです…っだから、何とも思ってないなら、こんな事…しないでください…!』
堪えていたものが、ポロリと…零れた。
本当はずっと好きで、助手になった時はすごく嬉しくて…でも、叶う訳ないからずっと隠してた…なのに、こんなに簡単に知られて…キスまでされて…
『あ、こんさんなんか、嫌いっ!大っきら………ふぁっ』
まるで…黙れと言ってるみたいに、また唇を奪われた。
ドサリと近くにあったソファに押し倒されて、視界一面には阿近さんの顔。
「…俺が、何とも思ってねぇ女にこんな事すると思ってんのか」
『え…』
「気に食わねぇんだよ。惚れた女に“嫌い”なんざ言われんのはな」
い、今なんて……惚れた、女…?
『あ、こんさ……今なんて…』
「……一回しか言わねえぞ」
私の耳元でそう囁いて。
「好きだ」
まっすぐな瞳が、私を捕らえた。
『え、あ…ほ、んとです、か…?』
「…言ったろ。一回しか言わねえ…ってよ。それに……俺は嘘は吐かねえ」
そう言って、私の瞳に溜まる涙をペロリと舐めて。それがどんどん下に行って……下?
『ちょっ、阿近さん!?どこ舐めて……あ…っ』
涙の筋に沿って首元に顔を埋める阿近さん。
「あ?…据え膳食わぬは男の恥、だろ?」
『やっ、そこで喋らな、いで…くすぐった…っ、ていうか据え膳て…』
はっ!そう言えば今私押し倒され…
「知ってるか?擽ったい所は感じるトコなんだぜ?」
『えっ、そ………ひゃあっ!』
一瞬顔を上げた阿近さんの表情は、今までに見たことのない程輝いていた。
「…お前の泣き顔そそるんだよ」
『…っ、阿近さんの変態…!……あ…っ』
結局最後まで頂かれたのだった。
▼おまけ
「オイ、なまえを技局から出すんじゃねえぞ。何でもいいから雑用押し付けとけ。あと男共は彼奴に近付くな。いいか、俺は忠告したからな…?」
なまえの居ない所でこんな決定をされていたとか、
ついでに言えば、阿近さんがなまえを助手にしたらしい(確信犯)。
ちなみに鵯州はお気に入りの義骸を破壊されたらしい…
「俺…俺の義骸が……」
ヒナコさまからのリクエストでした!
阿近さん助手、微裏ですが…助手がただの言葉でしか扱えませんでした…申し訳ありません…!書き直しも受け付けておりますので!
では、リクエストありがとうございました!
2012/03/25 加筆