わかりきっていた事。
そう、わかっていた事だったんだから。
「…名前、俺と一緒に逃げへんか」
悲しそうに表情を歪めて私の手を取る柔造。
込み上げてくるものに堪えながら、私は笑顔を作った。
『だめだよ、柔造。わかってるでしょう?私たちに、自由はないの』
志摩家の跡取りのあなたと、苗字家の一人娘の私。
最初から、私たちの恋にはタイムリミットがあったんだから。
『私、来月許嫁と婚約するの』
「…!なん、で…」
『おかしいでしょ?生まれて一度も会った事のない人と結婚するなんて』
「せやったら!俺と『でも』
繋がる右手を振り解いて、背を向ける。
離れてしまった温もりは、余韻さえ感じられない。
『私一人の幸せと、皆の幸せ。…秤に掛ける方が、おかしいのよ』
「……っ」
…ごめんね、柔造。
私には自分一人と家族、仲間を比べる事は出来ないから。
『柔造も、自分に嘘は吐かないで』
「…!」
『…柔造の事くらい、わかるよ?』
間を置いて聞こえた謝罪に、自嘲に似た笑みが浮かぶ。
『…いいの。嘘でも、嬉しかったから』
人一倍正義感が強くて責任感のある柔造が、すべてを捨てられる筈がない。
…だけど、ただの口から出た言葉でも、嬉しかった。
『…今まで、ありがとう。私…幸せだった』
柔造に愛されて、幸せだったよ。
頬を滑り落ちる涙を拭って振り返れば、途端に身体を抱き留められる。
「…愛しとる。名前…」
愛しとる。
…ああもう、やめてよ。そんな絞り出した声、卑怯じゃない。
今すぐにあなたの腕を引いて、逃げ出したくなる。
『…私、も。愛してる』
この腕を振り解かないといけないのに、それが出来ないのは、まだこの温もりを感じていたいから。
…お願い。どうか今だけは、背負っているすべてを忘れさせて。
あなたの温もりを
この身にずっと、感じていたいの。
たとえ交わる事がなくても、
跡取り同士の恋…のつもり。だった…orz
2011/12/10
2011/12/25 加筆