『私ね、もうすぐ死ぬの』
儚げに笑う彼女の姿が、忘れられなかった。
『人は死んだらどこに行くと思う?』
病室のベッドの上から空を見上げる女を、俺はただ見つめてやる事しか出来ない。
「…さあな」
素っ気なく突き放す言葉だって、心は拒絶を示す。
愛していると伝えられたら、どれ程幸せか。
『相変わらずだね、修兵は』
出会った時からずっと、変わらない。
憂いすら感じさせる笑みにトクリと心臓が音を鳴らす。
「…変わらねぇさ」
何も、変わりはしない。変わってしまうのはきっと、世の中だけなのだ。
俺の心だって、まだ此処にあるのだから。
『ふふ、そうね。変わっちゃうのは私の方か』
自分を罵るのか、くすくすと笑う名前。
ギリリと噛んだ唇からは、血の味がした。
「…変わってねぇよ。お前はお前だ」
痩せ細った身体は弱々しい。髪だって、艶なんてものはなくなった。
…でも、彼女は綺麗だった。柔らかく笑う姿や嬉しそうに目を細める姿が、どうしようもなく愛おしい。
『…ありがとう、修兵』
泣きそうで、切なげな笑顔が、こんなにも辛いものだとは知らなかった。
抱き締めてやりたい衝動を堪えて、俺は「…ああ」とだけ呟いた。
『……もう、此処には来ないでね』
少しだけ間を置いて呟いた言葉に、自然と心は動かない。
きっと、俺自身も…そう言われる事をわかっていた筈だから。
「…わかった」
今手を伸ばしたら、彼女を抱き締められるのに、それが出来ないのはどうしてだろうか。
言葉よりも、こんなにも簡単な事が出来ないなんて。
『…修兵』
名前を呼ばれて顔を上げれば、窓に視線を移している名前が目に入る。
…ああ、そうか。
もう…さよならなんだな。
『愛してたよ』
小さく告げられたその言葉は、今までで一番幸せそうで、切ない程に悲しかった。
「俺も、愛してた」
最初で最期の嘘を吐こう
来世では、再び交わる事を願って。
人間と死神の恋を書いたつもりなんだが…
2012/02/22