Lover's Letter | ナノ




31



わたしの前に居る真田くんは、蓮二くんに気づいていない。

「みょうじ?」と真田くんがわたしの名前を呼んだ。蓮二くんは跳ねるように肩を揺らして、踵を返して歩いていく。



『…て。待って…蓮二くん!』



掴まれていた腕を振り切って、わたしは教室を飛び出した。後ろから「蓮二!?」と真田くんの驚く声が聞こえたけど、振り返ってる暇はない。

わたしの歩幅の比じゃない大きな歩幅が、まるで心の距離を表してるみたいで、怖かった。



『待って…っ、蓮二くん!』



声を上げると、漸く蓮二くんは足を止めてくれた。走っていたわたしは、はあはあと息を整える。蓮二くんは振り返らない。



「…何故、俺を追い掛けてくるんだ?」

『な、ぜって…』

「追い掛ける相手が間違っているだろう」



いつもより低い声が、冷たく感じる。蓮二くん、と名前を呼ぶわたしに彼はすまないと口にした。



「本当は今日、話そうとした事があったんだ」

『……うん、』

「だが、その必要は無くなった」

『え…?』



「お前は、弦一郎が好きなのだろう?」


『……!』



どうして、蓮二くんが知ってるの。息を呑むわたしに蓮二くんは言葉を繋ぐ。



「知っていた。お前が一年の頃から弦一郎を想っていた事は。…あの時も、本当は弦一郎に告白するつもりだったのだろう?」

『…それ、は』

「…間違いでも、良かった」

『蓮二、くん?』

「たとえ俺の独り善がりであっても、俺はお前が好きだったからだ」

『……っ!』



蓮二くんはまだ、わたしを見ない。嬉しさと苦しさと、切なさが入り雑じったこの感情が、わからない。



「…すまない」

『なん、で、謝るの』

「…お前を沢山、傷付けてしまった」



そんな事ないのに。わたしが、蓮二くんをいっぱい傷付けた筈なのに。



「もう、終わりにしよう」



ゆっくりと振り返った蓮二くんは、笑っていた。とても悲しそうに、辛そうに。そんな顔を、わたしがさせている。



「これは、本当に渡したい奴に渡してやれ」



見慣れた封筒が、蓮二くんから手渡される。あの時、彼に渡す為だけに書いた、ラブレター。



「安心しろ、中身はそのままだ。開けてしまってすまない」

『……っ、』

「…弦一郎は良い奴だ。少しばかり堅いが、お前を幸せにしてくれる」

『……れん、』



「…さよならだ」



風に乗せられて届いた言葉は、すんなりと心に響いていく。背中を向けて去っていく彼に手を伸ばしても、その手が彼を掴む事はなかった。

糸が切れたようにへたりと廊下に膝を付くわたしの後ろで、真田くんが名前を呼んでいる。

蓮二くんの背中が目の前から消えしまっても、わたしは目を離す事が出来なかった。ツゥ…と頬を流れる涙が、皺だらけな手紙を濡らしていく。



「みょうじ…」

『…っ、ふ、ぅ…』



ポタポタと廊下に水溜まりを作るこの涙は、止まる事を知らない。
徐に頭を引かれて、暖かい何かに触れた時、ぎこちなく頭を優しく撫でられた時、思い出すのは目の前の彼ではなく、わたしにさよならを言った彼だった。



『ごめ、なさ…ごめん、なさい…っ』



わたしは今、誰に、何に謝っているの。
謝罪しか出てこない自分が、腹立たしくて仕方がなかった。


 


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