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放課後の図書室で、わたしと蓮二くんは肩を並べながら机に向かっていた。
手元にある数学の教科書と課題のプリントをにらめっこしていたわたしに、蓮二くんはわかりやすく教えてくれた。
「ここはさっきと同じ公式を使うんだ。応用は大体公式の繰り返しだから、それさえ覚えれば大丈夫だ」
『う、うん。がんばる』
カリカリと懸命に綴るわたしの隣で、それを見やる蓮二くん。少しばかり気恥ずかしいけど、気にせずノートに向かう。すると、一瞬だけ蓮二くんの気配が消えた。
『…?』
「どうかしたか、なまえ」
『……!えっ、わ!』
耳元で突然聞こえた低い声に驚いて顔を上げると、目の前に蓮二くんの顔が。何でこんなに近いの…!と内心焦るわたしを余所に、彼はくつくつと笑っている。
「真剣な顔だったからな、つい驚かせてやりたくなった」
『……もう』
「すまない」
満面の笑みでそう言われても、謝られてる気がしない。そう言ったらまたくつりと笑われた。…なんなんだ。
「…いや、なまえが可愛くてな」
『な、なっ、そんなこと「…みょうじ?」……え、』
ぶんぶんと手を振るわたしの声に上書きされた、蓮二くんとは違う低い声。
声の先に視線をやると、そこには彼が居た。
『さ、真田、くん…』
「ん?何だ、蓮二も居たのか。珍しいな、お前達が二人で居るのは」
「…ああ。みょうじに勉強を教えていたんだ」
『…え?』
真田くんと蓮二くんの会話が右から左へと流れていく。…今、蓮二くんわたしの事、みょうじって言った。聞き間違い?ううん、違う。今確かに、彼はわたしをそう呼んだ。
「そうだったのか。邪魔をしたな」
「いや、大丈夫だ。それより弦一郎こそ珍しいな、此処に用とは」
「少しばかり調べ物をしに来たのだが…」
「…ああ、そういう事か」
そう言って蓮二くんは席を立つと、わたしに弦一郎を案内してくる。とだけ伝えて図書室の奥へと消えていった。
ざわり、と胸の中の異物が騒ぐ。…どうしてよ、何でこんなにも、わたしは。
くしゃり、机に置いてあった手がノートを掴む。
(ああまた書き直さなきゃ…)
折角頑張ったのに。そう思っても、なかなか手は離れてくれない。だけど今もし離してしまったら、きっとわたしは泣いてしまう。
そんなのおかしいのに。わたしが好きなのは…真田くん、なのに。真田くん、だったのに。
『れんじ、く…っ』
どうして、わたしの中はあなたばかりなの。