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「ねえみょうじさん、ちょっと来てくれない?」
お昼休み、お弁当を持って生徒会室に向かおうとしていたら知らない子にそう声を掛けられた。
『…?うん、いいよ』
気にせずに返事を返したのが悪かったのかもしれない。…多分。
「あんた柳くんのなに?」
だって体育館裏にまで連れて来られてこんな事を聞かれてるんだから。
『…え?』
「とぼけないでよ。あんたが昼休みに生徒会室入ってくの見た子がいるんだから!」
『……え、と』
顔を歪めて捲し立てる彼女にわたしはどうしよう、としか考えられなかった。そんなわたしに苛ついたのか彼女は「ねえ、こいつどうする?」と誰も居ないのに問い掛けた。…すると、物陰から数人の生徒が出てきたではないか。
『え…』
「これ以上柳くんに付きまとう事出来なくしちゃおっか」
「さんせーい。て言うか私仁王くん狙いなんだよね。いつもあんたがちょろちょろしててうざかったんだよ」
『…!』
柳くんも仁王くんも、あんたに迷惑してんだから。と彼女たちは口々にそう言った。
…多分、この人たちはテニス部のファンクラブなんだろう。少し前に友達から聞いた事がある。仁王くんのファンクラブは過激だから気をつけなよ、とも。
…わたし、二人に迷惑にされてるのかなあ。
「なに無視してんだよ!」
反応しないわたしについに堪忍袋の緒が切れたのか、一人の女の子が手を振り翳した。あれは痛いだろうなあと他人事のように思いながら目を閉じる。パシッ、と小さな音がした。
「何をしている」
聞き慣れた声が、少しだけ低く聞こえたような気がした。
ソッと目を開けてみると、目の前には蓮二くんの背中。どうやら振り翳された手からわたしを守ってくれたらしい。
「これ以上するなら、俺も黙っているつもりはない」
蓮二くんがそう言い捨てると、彼女たちはこくりと喉を鳴らして走って行ってしまった。
『……あ、の、蓮二くん、ありがとう』
「……」
『すごいタイミングだったね!蓮二くんかっこよかっ』
「なまえ」
『…!蓮二、く…』
ドン、という衝撃が全身を襲う。言いかけた言葉は蓮二くんの行動で掻き消されてしまった。…今、わたしは彼の腕の中に居る。
「…仁王から、聞いた。時間になっても来ないお前を探しに行こうとして。…すまない」
『…なんで、蓮二くんが謝るの?』
あはは、と渇いた笑みが漏れる。どうしてかわからないけど、身体が震えてきて咄嗟に蓮二くんの制服を掴んだ。ああ、皺になっちゃう。
「…本当は知っていた。あの女生徒達の間でああいった噂が流れている事をな。だが、仁王が近くに居るからこそ呼び出しなどという事はないと思っていた」
『…?』
「……計算違い、と言っておこう」
首を傾げたわたしに蓮二くんは間を空けてそう言った。そして一際強くわたしをその腕に収めた。
「迷惑などではない」
『え、れん、じく…』
「俺はお前に、側に居て欲しいんだ」
『……っ、』
「それは、仁王も同じだろう」
優しく、囁くように告げられたそれは穏やかに心に溶けていく。良かった、と思っている自分が居て、ああやっぱり怖かったんだと悟った。
ありがとう、そう呟いてわたしは蓮二くんの胸に顔を埋める。心の奥にあった黒い塊が、大きくなっているのに気づかぬ振りをして。